湖底に続く道 ー夕張市鹿島ー
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夕張市鹿島地区、炭鉱で栄えた最盛期は2万人ほどが住んでいた。三菱の城下町として大夕張と呼ばれた。この呼称は夕張より大きくなろうという意味合いがあった。ちなみに現在の南部地区は南大夕張と呼ばれた。かっては北炭が中心の夕張本町、清水沢方面等から分町騒ぎもあった。大夕張炭鉱閉山後は人口は激減していたが、500人程が静かな地区でもあった。しかし、シューパロダムの嵩上げによる住民移転により、現在は無人の荒野となっている。(8枚が大きくなります。)
  

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