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10月31日
マイミクさんの日記で、オモロイカメラを知った。
「大人の科学」という雑誌をご存知だろうか。
子供の頃、いろんなオマケがついた学研の本があったでしょ。
それの大人ヴァージョンです。

それに付録でカメラがついてくるそうな。
昨日発売のNO.25号は 2眼レフカメラで、
フィルムは35mmを使用するそうです。
遠方の方はアマゾンでも売ってるみたいです。
値段は、一冊2500円。
そして、この雑誌はピンホールとかも付録にしてたようだ。
(まだ買えるかも。)
私はカメラには関心がないが、35の2眼レフというのは渋いと思った。
おまけに、おまけで、自分で作れるのだ。

腰はだいぶ良くなった。(ようだった。)
久しブリ大根の暗室。
バットを並べ、液をセット。
この段階で汗ビッショリになった。
なんとか、ダム関係5カット、原爆ドーム8カットを2枚づつ、
RCの六つ切りに焼いた。 しかし、ここまで。
腰がメッチャ、痛いねん。 明日は駄目かも知れない。

今日は、ゲッコールを使った。
去年、友人にもらった8リットル用のものだ。
ハイデナールも少なくなったし、連チャンで焼くつもりなので、
RCにはモッタイナイと思ったが使ったのだ。
やっぱり、いいなあ。(涙、涙、涙。)
とはいえ、製造中止でもう、、、手に入らないのだ。

ゲッコールもそうだが、ハイデナールもヨドバシ西口さえ在庫は少なかった。
ビックカメラのネット通販も見ていたが、
ハイデナールはいつも、数量が少ない。
私はパソが苦手だが、これではネット通販の意味がないと思う。
うおぉう〜、クスリ、、、クスリを、、、くれ〜っ。
奄美大島に、落っこってねえかなあ。

原爆ドームの写真を久し振りに焼いた。
う〜ん、やはりカット数が少ない。
夜のカットでカバーしようと思ったが、
昨日の日記に書いたように、ライトアップされている。
おまけに、ライトの強さはドームより、背景のビルの方が明るいのだ(笑)。
焼きこみでは、カバーでけまへん。
(札幌時計台もそうだが、原爆ドームも都心部にある。)
う〜ん。時間と金がなかったせいもあるが、厳しい。

それにしても、広島って思ったより、都会で驚いたな。
そして、市電というのを久しぶりに見た。
広島カープの存在は知っている。
牡蠣やお好み焼きの存在も知っている。
(広島風のお好み焼きは嫌いだ。あれはお好み焼きではなく、
広島焼きだと思う。そして、高かった。)
しかし、広島=ヒロシマ=原爆の固定観念があったと思う。
若い世代にはそれを嫌う人も少なくないらしい。
私は夕張にいた。
夕張=炭鉱=暗い。私はそれに疑問を持っているから、
広島の若者の気持ちもわかる。

夕張=暗いもそうだが、メディアは固定観念の報道しかしない。
新たなものを作る場合、壁になると思う。
で、私は新しいものが作れるのだろうか。
(原爆ドームしか撮っていない人間に言う資格は無いが。)

10月30日
今日も暖かい。
蝿が一匹飛んでいる。
ウザイが可愛く見えた。

ダム関係の写真を見ていたせいか、
土石流に流される夢を見た。
腰が痛い時は、こんな夢ばかりである。
(疲れるよ〜。)

煙草だが、1本10円の値上げ案があるという。
私は1日60本吸う高額納税者である。
しかし、一箱200円の値上げではやめるしかない。
民主の応援はしたいが、取りやすいところから取るのはイヤラシイぞい。
私が吸っている煙草は、ゴールデンバットというもので、両切り。
強いし、味も良い。 そして、一番安い140円である。
愛煙家の中には貧乏人がいる。セーフティーネットが欲しい。

午前中、原爆ドームのセレクト。
焼いた記憶はあるのだが、、、行方不明が多い。
(記憶不明かも知れないが、、、涙。)
それにしても、感慨深いものがある。
軍艦島の帰りに寄って、2泊3日。
というか、奇跡的に2泊3日で済んだ。

「風を映した街」の撮り方を狙っていた。
この撮り方には、青い空と白い雲が絶対に必要だ。
しかし、春だったので非常に難しい。
(軍艦島では黄砂の影響もあり、1枚も撮れなかった。
近作の「風を〜」は井の頭公園だ。撮影は2日だったが、2ヶ月待機した。)
予算の関係もあり、長くても1週間の予定だったので、半ば諦めていたが、
それが、二日目で青い空と白い雲。
奇蹟だった。

撮影は長時間露光だし、雲の流れは予測出来ないので、
同じカットの枚数が多く、時間がかかる。
そして、明日も撮れる補償はマッタクない。
確実に押えられるカットを狙った。
今日改めてベタを見たが、それが良くわかる。
しかし、ファイルにするにはカット数が足りない。
しっかし、本当に頑張ったんだ。
なにしろ、この私が酒を断わったのだ。

撮影中、地元のアマチュアの人が声を掛けて来て、
根掘り葉掘り、30分以上質問された。
撮影中だったので困ったが、丁寧に答えた。
そうしたら、年配の紳士はチョー魅力的な言葉を口にした。
「私は田舎者です。もっといろんなことを教えていただけないでしょうか。
失礼ですが、ご馳走いたしますので、お付き合い願えないでしょうか。」
ウオ〜ッ、悪魔の囁きである。
この旅の食事は、インスタントラーメンかコンビニ弁当である。
広島は酒都でもあり、加茂泉もあるし、
年配で写真をやっている人は、金持ちが多い。
瀬戸内の新鮮で豪華な魚貝類の姿は、ドームのプリント以上に鮮烈に思い浮かんだ。
それも、飲み放題で食い放題で、タダなのだ。
この選択は、本当に地獄だった。
しかし、私は撮影を選んだ。(涙、涙、涙の51%の想い。)

撮影を終えて、一人で、、、寝ぐらの海沿いの公園に戻った。
ヒロシマは100万都市なので、市内でキャンプ出来る場所はなかった。
初日は、下見と寝ぐら探しだった。
で、二日目に撮れたのだ。
そして、軽く一杯やって寝た。(コンビニ弁当、、、でね。涙)

夜起きて、再びドームへ行った。
「星の啼く街」の撮り方で撮るためだった。
「星」の撮り方は、20分ほど長時間露出して星跡を描き、
その間に数発のストロボをぶつけるものである。
しかし、唖然とした。
世界遺産でもある原爆ドームは、夜の間、ライトアップされ続けていたのだ。
電池代は節約出来るのだが、、、メッチャ困るのである。
ストロボをぶつけるのは、自分で光を作る喜びでもある。
(もちろん、ストロボを自分の手でぶん投げて、世界遺産にぶつけるわけではないよ。)
瀬戸内の魚貝以上に、意味と意義が消えたのである。
呆然と見つめていた(笑)。

まあ、なんとか撮った。
というか、なんとか撮るしかなかった。
空知の炭鉱遺産等の撮影は、いくらでも時間をかけられた。
しかし、遠方のものは撮れない。
身近で時間をかけたものしか、良い物にならないと思う。
天気が崩れるとラジオが言ったので、仮眠後北に向かった。
途中、実家に寄ったが、18年ぶりの両親は老人になっていた。

数年前の軍艦島や普賢岳、そしてヒロシマへの旅は、
5万円で買ったラジエターに穴があいているスズキのアルトでの旅だった。
軍艦島と普賢岳はテントだったが、広島市内はキャンプ場もホテル代もなく、
海近くの公園近くで車中泊。
アルトは軽自動車である。当然、凄まじく寝にくかった。
おまけに、ポンコツなので、関門トンネルのド真中でエンコして、
トンネルを閉鎖させてしまった。
(確実に、寿命が縮んだ。)

夜、起き出して暗室。
しかし、相変わらずお腰が痛いのである。
仕方なく、普賢岳と水無し川のセレクト。
全部で400カットはある。
そして、これも地味な写真。
また、災害を連想させる建物はない。
ダム系もそうだが、美しさフェチだから撮らなかったんだよね。
雲仙普賢岳は、報道陣とタクシーの運転手達40数名が、
火砕流で亡くなった。
そのことは知っているが、テレビも新聞もない時期だったので、
リアルタイムの感覚が無い。
文章にも困ってしまった。

それにしても、「風を映した街」は撮影のチャンスは少ない。
まして、東京(埼玉だが)では無理だろう。
夕張時代、流れる雲だけを撮った写真がある。
今はデジの時代なので、合成で出来ないかな。
(費用を考えると、赤字になりそうだが。笑)

10月29日
今日もいい天気。暖かい。
もちろん、雪はない(笑)。
というか、蚊にやられた。

今日は大西さんのパーティー。
友人にも誘われたが、私が今日行ったのは、近所の整骨院(涙)。
3日は池袋で、佐々木譲さんのサイン会もある。
それもいけそうにない。(腰痛だけでなく、水戸の御老公が反対するのだ。)
本当に泣けてくる。

佐々木さんは小説家で、写真集「夕張」を褒めてくれた。
また、氏は読売紙上で夕張のレポートの連載をしていた。
私は氏に、お礼と夕張問題の本質や裏話なぞをメールした。
返答のメールを戴き、初めて氏が夕張出身と知った。
釈迦に説教だった。アホの顔は、真っ赤になった。
「穴があったら入りたい。」という言葉の意味が心底わかった。

今日は朝の7時に眼が醒めた。
昨日寝たのは午後5時である。
そんなに飲んでもいないし、やはりおかしい。

ワイドショーは、結婚詐欺殺人がメイン。
詐欺はまあ良いとしても、殺しまでするかなあ。
まして、犯人は女である。
そして、34歳なので死刑になることぐらいわかると思うんだ。
よほどオカシナ人でなければ、犯罪と量刑のバランスを考えると思うんだ。
(万引きや放火が死刑なら、犯罪は激減すると思う。)
そして、彼女の出身地は北海道の別海町だった。
酪農の内情は厳しいが、本当にのどかな所で、
この犯罪とまったく結びつかないのだ。
別海を知っている人は、そう思うでしょ。
(ちなみに、佐々木譲さんは現在、隣町の中標津に住んでいる。)
本当に不可解だ。

今日は午後3時に寝て、午後7時に起きれた。
テレビを点けたら、高すぎる結婚式場の話題をやっていた。
まあ、私には関係がないが、、、あるカップルの明細に驚いた。
総見積もりは335万だが、なんと写真とビデオ代が90万円!!。
もちろん、カメラマン達に半分でも入ってるのなら、こんなこと書かない。
(何しろ最初は、番組がゼロを間違えてると思ったくらいだ。)
坊主丸儲けと結婚詐欺いう言葉が浮かんだ。
私の結婚式は、絶対に友人に撮らせる。(口で言うのはタダだし、自由なのだ。)

ダム関係の最終セレクト。200枚ぐらいあった。
しかし、改めて見ると地味な写真ばかり。
ダム工事そのものの写真もないし、説得力がない。
う〜ん、どうやろうか。本当に難しい。

考えてみると、これらの写真は夕張にいて、身近なものだから撮れたものである。
そして、バイトをしていたので、フィルムを買えたのだ。
ある大家が言った。
「今の若い人はどうやって食っているの?。
私達の時は、グラビア取れたら、一ヶ月は生活出来たけど。」
今の時代、撮りに行っていたら、採算は取れないだろうなあ。
そして、今後もっと紙媒体はきつくなるだろうなあ。
量刑に合わない犯罪。(笑)

9月の自宅展の売上と10月号の原稿料で、11月一杯は生活が出来る。
しかし、それ以降は入金の予定はない。
本当に頑張らないといけない。
結婚詐欺にも、注意しなければいけないしね。

10月28日
今日も良い天気。 気持ちいいねえ。
午前中に整骨院。
歩くことは出来るし、歯も磨ける。
しかし、顔や食器を洗う姿勢は厳しい。
何しろ、寝ていて咳をするだけで痛みが出るのだ。

今日も焼けずにデスクワーク。
とは言っても、金に繋がるかどうかはわからないけどね。
しかし、ヒロシマとナガサキのことは絶対に、真剣に考えないといけないことである。

東京大空襲でも多くの民間人が死んだし、
日本軍も多くの民間人を殺したと思う。
ただ、ヒロシマとナガサキは性質と悪どさが違うと思っている。
枯葉剤もそうだが、戦後も人間を苦しめる兵器である。
さらに、ヒロシマとナガサキは実験のため、違う材料の爆弾だった。
死んでも死にきれないだろう。
原爆は、戦争を早く終わらせた素晴らしい武器だと思う馬鹿が多い。
日本人が白人だったら、落とされなかっただろうとも言われている。
いろいろ制約もあろうが、
ヒロシマとナガサキでオリンピックをやって欲しいなあ。
少なくても東京でやるより、100倍ぐらいは良いと思ってる。
(ナガサキの魚は美味いぞ〜。)

政権とシステムが変わりつつある。
私は作品を売っている。
作品と言うのは商品でもあり、嗜好品でもあり、贅沢品でもある。
不景気は、マジにつらい。
しかし、まず、自殺者3万人を何とかして欲しいと思っている。
アートをやってる人間の自殺が多い。私も何人か亡くしたからだ。

3万人という数字は、不景気をアピールするためにメディアが言い出したと思う。
昔は交通事故死者と同じくらいというだけで、自殺者数はあまり表に出なかった。
交通事故死者はかなり減った。
自殺者3万人の内、1万人は借金が原因と言われている。
自殺者数も減らせると思うのだ。
(私のHPにはサラ金に困ってる人へというページがある。利用してください。)

今日の肴は、愛知産のアサリ。1パック98円。
元は北朝鮮かも知れないが、アサリに罪はないし、模様がキレイ。 
10分以上見ていた。ただ、撮るまでにはいかなかった。
フライパンで炒めて、塩コショー。
ウズラの卵のアップもオモシロそうだね。(多分、撮らないが。)

昨日、塩をした白菜はイマイチだった。
塩をして袋に入れただけでは駄目だった。
市販の白菜の漬物は、日持ちが悪く、独り暮らしには量が多いのよ。
漬物を作る小さな道具もあるが、それでもヒルズの冷蔵庫には大きいのだ。
夕張時代は袋の上にブロックを置いていた。(室温が低かったから、出来たんだ。)
なにかアイデアを考えるぞい。(ご飯に一番合う漬物は、絶対白菜だと思っている。)

若い頃の最高の贅沢は、吉野家の大盛りに白菜の漬物をつけることだった。
当時、24時間やってるのは吉野屋しかなかったと思う。
中島みゆきの唄にもあるが、
夜明け間際の吉野家でのビールと牛丼は、青春とはいえもの哀しいかった。
弟子が友人だったので、なぎらさんとも吉野家で朝を迎えたことがある。
(当時のなぎらさんは、売れていなかった。)
そして、吉野家はいろんなジャンルのアーティスト達にバイト代を与えていた。

10月27日
台風一過の青い空。
久し振りに美しいと思った。

食料の買出し。
来月閉店の100キン。客は多かったが、食品も商品も激減。
ここがなくなると本当に困る、という他のお客さんの声が聞こえた。
私も本当に困るのである。う〜ん。

今日は散歩がわりに、サティ内をウロウロ。
「火曜得の市」なので混んでいた。
腰というか背中が痛いので、カートが支えのウロウロだった。
刺身用の良型のピカピカの秋刀魚が98円。
刺身は脂がキツイので焼いて食ったが、はらわたが美味いねえ。
今年初めての白菜。 4分の1サイズだが漬物にするのだ。
雨用の靴も見たが、革靴って高いんだねえ(笑)。

ウロウロの本当の理由は、「FOOD」の素材探しだった。
自分では、天かすがベストだと思っている。
そして、造形力で見せていこうと思っていた。
しかし、それだけでは弱いと思ったのだ。
デザイナーの鈴木さんに、アドバイスのおかげでもある。
私は他ジャンルにも関心を持っている。
しかし、氏は他ジャンルの仕事もしているのだ。
で、サティの中をウロウロウロ。
とにかく、自分の思い込みだけでは駄目だと思う。
作品を買うのは、あくまでもお客さんだから。

しかし、体が痛い。(腰痛か御老公か、どちらかにして欲しい。)
29日は大西さんのオープニングパーティーがある。
友人知人達とも会えるだろうし、生徒の女子大生もいるかもしれない。
もの凄く行きたいのだが、狭山の駅まで行くのも厳しい。
それに、オープニングパーティーというのは、勃ちっぱなしなのだ(笑)。
絶対〜に無理である。

ピンポ〜ンが鳴った。
大全紙用のバット3枚が届いた。
写真で見たより、キレイ。 本当に嬉しくなった。
あと欲しいのは、嫁さんである。
もちろん、そんなオークションなぞないし、
私には入札資格もないだろう。

しかし、結婚相手を募集しているサイトもあるんだねえ。
結婚詐欺殺人のニュースでやっていた。
まあ、結婚詐欺は昔からあるものなので、一概にネットが悪いとは言えない。
犯罪は間違いなく悪いことだが、羨ましいとも思った。
結婚詐欺をする奴は、モテる人だと思うのだ。
犯人の女性の顔を見てみたい。

プリント作業は出来ないので、文章仕事。
椅子に座っての作業だが、腰も水戸藩も痛い。(マジに、どっちかにして欲しい。)
ダム関係の第一稿は書けたが、長い。
そして、ダムの問題の本質にするか、住民のドロドロにするか、
二つあわせてやるか、、、、もう少し時間がかかりそうだ。

そして、原爆ドームの文章打ち。
これにも困った。
ヒロシマとナガサキを知らない日本人はいないと思う。
いまさら私なんぞが書くことなんかないのである。

10月26日
結構、強い雨。
しかし、フフフのフ。

実は昨夜、良いことがあったのだ。
どうしても欲しいものがヤフオクにあったのだが、見事に落とせたのだ。
欲しいものと言っても、AKB関連ではなく、大全紙用のバット3枚だ。
自作のバットもあるが、やはり専用の方が便利だし、
水洗用は全紙用の強度のないものだったので、使いにくかった。

前回は、4700円で落とされた。
私は5000円までしか入札出来ない。
自動入札になってたので、諦めざるを得なかった。
落札時間は、午後11時。
午後7時半で、1300円で4人の入札だった。
午後9時、まだ1300円だ。
腰痛もあり、早くから飲んでたので、キツイし眠かった。

午後10時半から、接続しっぱなしで見ていた。
10時50分に1400円。
試しに、1500円で入札。
しかし、自動入札になっていた。
で、終了2分前に3000円で入札。
で〜、私の自動入札になり、2700円で落とせたのだ〜。
送料込み4410円。本当〜に安い買い物だった。
デジの人には、粗大ゴミそのものでしょうがね(笑)。

雨だが、運動がてら銀行に歩いていった。
む〜う、、、腰とご老公が痛い。
それにしても、道は狭いしクルマも多いし雨。
スニーカーと靴下は、ずぶ濡れになった。
雨用の靴?が欲しい。
とはいっても、長靴はもう履きたくない。
(ファッションとかではなく、除雪を思い出したくないのだ。笑)

銀行で、電気代の支払った。
空いているのに、10分ぐらい待たされた。
バーコードの機械ぐらい置いといて欲しい。
そして、近所の銀行には若いネーチャンがいなかった。
ヒルズに戻り気がついた。
鈴木さんに送る礼状もあったのだ。
アホだと思った。

35の長巻「SAKURA」が見つかった。
くだらない場所だった。下に落ちていたのだ。
私は思い込みが強いので、同じ場所ばかり探していた。
だから、下まで探していなかった。
アホだと思った。
ちなみに、行方不明だった東京の地図も同じ所にあった。
本当のアホだと思った。
現在の行方不明は、体温計である。
もう、半年ぐらい?顔を見ていない。

近くの古本屋で、高橋よしひろの「銀河伝説ウィード」の1巻と2巻を買った。
旧作「白い戦士 ヤマト」「流れ星 銀」は、若い頃見てたし良かった。
相変わらず凄い画力だった。(犬では第一人者だと思う。)
面白くてもう一度店に行き、置いてあった28巻まで買った。
大人買いね。
まあ、大人買いと言っても一冊50円だったのだが(笑)。
昔なら一冊200円ぐらいしてたんだけど、
古本屋の世界にも出版不況が波及しているようだね。
貧乏人には嬉しいことだが、
古本なので、作者には一銭も入らない。(ゴメンなさい。)

テレビも見た。
ワイドショーは、のりピー一色だった。
それにしても、法廷から報道記者がリレー選手のように、
カメラの前でレポートしている姿は、滑稽と言うかマヌケに見えた。
話題の大きさはわかるけど、今日大型台風が来ていたら面白いと思った。
(テレ朝と日テレを見ていたが、女性記者はテレ朝の圧倒的勝利だった。笑)
いっそ、法廷内にカメラを入れた方が手っ取り早い。
しかし、人権だけでなく、紙媒体はやりたくないだろうなあ。
(売れなくなるからだ。)

のりピーは、無職だと言ったそうな。
ヒルズへ永久就職したいなら暖かく迎えてやる。
本当は藤川ゆりの方が良いが、一緒に暮らしてやっても良い。
籍を入れてやっても、結婚してやっても良い。
口で言うのはタダだし、自由なのだ。(虚しくなってきた。)
風間法子にもメリットがある。ヒルズにはクスリは一杯あるが、
絶〜対に、シャブを買えないからだ。

夜起き出して、ダム関係のセレクト。
自動的に他のファイルも見ることになる。
う〜〜〜〜ん。
過去写真雑誌に載った事があるが、使われるのはほんの一部である。
モッタイナイ。
冬の夜の夕張を撮ったものは、200カット以上あるが、
使われたのは写真集と写真雑誌あわせて、せいぜい10枚ほどだ。
チョーモッタイナイ。
ただ、どんな雑誌に持っていけば良いのかとゆーか、
どんな雑誌があるのか、よーわからんのだ(笑)。

それにしても、腰が痛い時はマトモな夢を見ない。
スズメバチに追いかけられていた。
グッタリだよ。


10月25日
降ったり病んだり(笑)のどんよりした天気。
ご老公の機嫌も悪いので、散歩中止。
昨夜は、寝るのにも苦労した。(ホモの気持ちが、わからない。)

先日伺った、鈴木さんに礼状。
う〜ん、昔から字が下手だったのだが、さらに下手になっている。
書は好きなのだが、、、、哀しくなる。

ダムと鹿島地域の詳しい資料調べ。
大事なのは、あくまでも自分の言葉であるが、
正確な年次や数値は、記憶に無いからだ。
ちなみに、私のネガにもベタにも撮影年月日は書いてない。
井の頭公園の写真は、東京に戻って来た翌年だが、
それさえも正式な年号が浮かばない。
頭が悪いせいもあるが、せめて西暦に統一して欲しい。

そして、ウィキペディア?。
あれ、字が見にくい。
(知人にツイッター?を薦められたこともある。
試しに見たが、ここも字が見づらかった。)
まあ、98と私のパソ能力が低いせいかも知れないが。
しかし、ウィキペディアの情報は正しいのだろうか。
疑問を持ってしまった。
私の知っている事と違う部分がいくつかあったのよねえ。

ちなみに、風間で検索して、ウィキペディアを見た。
あいかわらず、字が見づらかった(笑)。
ついでに、出てきた「あのひと検索スパイシー」というのも見た。
驚いた。ナニアレ?。
交友関係?の名前が出ていたが、私の知らない人たちもいた。
というか、私の交友関係がなぜ「スパイシー」に載っているのだ。
大きなお世話だし、気持ち悪いと思った。
そして、そんなもの作ってなんになるの?(おまけに、出鱈目だし!!)
根本的に、社会的なことでもないし、芸能人でもないのに、
なぜ、私のウィキやスパイシーがあるの?
作るだけメンドクサイだろうし、金もかかるだろうに。
まったく、理解出来ない。
なにが面白いのかなあ。

ダムのことを改めて、深く考えてみた。
このダムは必要性はなく、時代も違うし、弊害も大きいと思う。
しかし、ダムの固定資産税は、倒産した夕張にとっては必要なものだ。
私が世話になった土建会社も、このダム工事でそこそこ潤う。
う〜ん、難しい問題でもある。
(もちろん、大きな仕事は大手ゼネコンが取って、チッコイのしか貰えない。
また、大手ゼネコンの本社は東京で、北海道には税金も落ちない。)

そして私は、この地区の応援をしていたのだ。
夕張と言えば、華やかな映画祭があった。
しかし、それは本町地区中心で行われており、他地区の関心は少なかった。
まして、鹿島地区は捨てられていた。
だから、ひねくれ者は応援していた。
しかし、私のダムの文章は、影の部分を表に出すことにもなる。
悩む。

10月24日
二日酔いである。
私はいつも飲みに行く段階で、酔っ払っている。
当然、それ以上飲むと二日酔いになる。
そして、メンドクサイので、朝から飲む。
で、二日目もパーになる。
わかってはいるが、その繰り返しを続けている。

しかし、今日はチト違うぞい。
風間は進化したのだ。
腰は痛かったが、我慢しながら30分ほど散歩したのだ。
やっぱ、キツカッタ。
そして、クルマばかり見ていた。
作品化を考えていたが、やはりスケールが小さい。
しかし、頑張らねえとね。
(それ以上の散歩は、水戸のご老公が許してくれなかった。)

昨夜のことが思い出されてきた。
ヒルズには新聞が無い。
たまに行く関本で、たまに見るぐらいだし、
見出しだけなので、1〜2分ぐらいだけど。
昨夜、新聞を見て驚いた。
米子でお世話になった永井伸和さんが載っていたのだ。
それもなんと、菊地寛賞受賞でだ。

永井さんは、米子の今井書店グループの社長で「本の学校」を主催し、
「地域から」を原点に生涯読書の推進などに尽力している人で、
「夕張」が受賞した地方出版文化賞を作られたお一人でもある。
米子は文化度が高く、地方の書店なのに、全国屈指の売上でもある。
授賞式や宴席では楽しく過ごさせていただいた。
心よりお祝いしたい。
(日本海の魚は、本当に美味かった〜。)

ダチはアホだが、楽しい。
関本の常連とも仲良くなって、カラオケなしで歌っていた。
ただやはり、ストレート写真を薦められる。
気持ちはありがたいのだが、ありふれているというか、あふれていると思う。
撮りたいものもないし、わざわざ撮る必要を感じない。
ダムについても、いろいろ話した。
ダムの写真の発表も薦められた。
で、今日はその文章打ちと構成。

10月23日
今日は腰の調子が良かった。
友人が来るので、スーパーに行った。

今年は不作と言われていたが、丹波産があったので松茸を数本買った。
造り用に、イセエビとアワビとシマアジを買った。
シャブシャブ用に、2パケットを3万でイラン人から買った。
上記3行は、すべて嘘である。
(近所のサティには売っていないし、買えるわけがない。)

前回は飲み歩き、昼間っから友人のハンコ屋の店にも遊びに行った。
で、酔っ払いは1万円で印鑑を作った。
今日、見た。
う、う、う、う、う、のう〜ん。
高級材の手彫りではあるが、サイズは三文判と同じである。
彫られていた文字は、、、「道彦」の2文字。
確かに、彼の名は道彦だし、
そういう判は、100キンにはないと思うのだが。
なんに使うのだ。(なんに使えるのだ。)
酔っていたとはいえ、純粋なアホだと思った。

今日のメニューは、豚バラの角煮と刺身盛り合わせと野菜サラダ。
あとはヒルズにあるMDMA(笑)。
それにしても、あんなベッピンの奥さんがいるのに、、、。
ちなみに、今日の客は照明家で、バツ2である。
大してイイ男でもないし、金を持っているわけではない。
そして、アホである。
なぜ、こんなんでも結婚出来たのか。
人生が空しくなってきた。

今日は、二人とも食欲が湧かなかったが、関本食堂に行った。
常連もいて盛り上がった。
その後、ゑらんへ行った。
というだけで、ほとんど記憶はない。
友人は泊まる予定だったのだが、急な仕事が入ったので帰っていった。
とにかく、眠い。

10月22日
腰が痛くて散歩は中止。
整骨院にも行けなかった。
明日は友人が来る。
なんとか部屋を片付け、床を拭いた。
明日の客は、携帯を水割りに浸けたバツ2のアホだが、
来客用の布団は、まだ新しいのだ(笑)。

作業が出来ないので、今後の作戦を練った。
雑誌に載ったって、仕事どころか感想メールも来ないのだが(笑)、
とにかく、収入を得ないといけないのだ。
ヒルズにある作品で、送れる雑誌を考えた。
(持込の度に腰痛になったり、急な体調悪化でドタキャンは嫌なので郵送にする。)
焼き足しや、焼き直しもかなりある。
まあ、東京に行くよりは楽なので、頑張るぞい。

東京のアイデアも少し浮かんだ。
「東京メタリック」「東京クリスタル」「東京モーターショー」「東京モードショー」
東京モーターショーの開催は、ワイドショーで気がついた。
言っておくが、ミニスカートの若い姉ちゃん目当てではない。
(もちろん、絶対に見ると思うが。)
車そのものには関心がないが、塗装やライトなどの反射が美しいからだ。
東京モーターショーで展示されてる車は、最新のクルマなのだ。
ネットで調べた。
「東京モーターショー」と言っても、千葉の幕張メッセだった。
11月4日までだが、遠いし、入場料もかかる。
近くまで寄れるらしいが、部分的なものになり、コラージュ?。
それにしても、どれもスケールが小さい。 もっと考える。

八ッ場ダム関連のニュースを見た。
驚いた。
48の凍結されたダムの中に、夕張のシューパロダムがあったからだ。
ちょうど、ダム関係の写真をセレクトしてたので、本当に驚いた。
シューパロダムは必要性がないと、何度も書いているダムだ。
メディアは馬鹿の一つ覚えのように八ッ場ダムを取上げるが、
他のダムの検証もすべきだと思う。

ダム凍結問題の本質は、
あくまでも無駄な公共事業を無くす事だ。
元々、必要性のないダムは多いと言われていた。
八ッ場ダムの場合、7割の予算がすでに使われていると言われているが、
どう見ても7割の完成度には見えない。
完成させたら、現時点の倍以上かかると思う。
中止する方が綾瀬はるかに安く済むと思う。
だから世論調査では、凍結意見が多いのだ。

八ッ場関連の報道に対して、危惧を持っている。
マスコミは、真実を報じることが出来ない性質も持っているからだ。
地元民の意見もあるだろう。
しかし、本当の思いはマスコミには言わないと思う。
まして、短期間の取材では見えてこないだろうと思うのだ。
シューパロダムによって、500人が移転してその地区は原野に戻った。
しかし、ダムに反対したのは4人だけだ。
そして、その4人は補償金が好きな人達に村八分にされた。
(平成の時代の話だよ。)

メディアも多く来た。
「故郷を奪われた可哀想な人達」という捉え方だった。
マスコミは、このダムが北海道開発局のためだけのダムだと知っていた。
住民達が演技のあと、居酒屋で「おまえんとこ、ナンボ入るんや。」と言っていた事や、
不動産屋や銀行員達が走り回っていたのも。
しかし、お涙頂戴を垂れ流し続けていた。

北海道開発局のためだけに作られたダムのバラ巻かれた金額は凄い。
市の方針で市営住宅を出された人には、20万円の引越し金が出た。
しかし、ダムによって市営住宅を出された人には、数百万の金が国から出た。
(それだけでなく、ダムの人達の新しい市営住宅は、10年間半額になった。)
多くの人達は、古い家や小屋を直して樹を植えた。
使われていない小屋はゼロ査定だが、使っていたら金が出る。
花はゼロだが、樹は小さくても2万円だったからだ。
批判はしない。(私だってそうするからだ。)
市や国は市内への移住を願っていたが、大金が入ったので市外に移った人も少なくない。
日本は夕張より借金が多いのに、国の補償金は大盤振る舞いだった。
(ダムに拠る地すべりや地震の誘発性、低温化や気候の変化等、
その影響をもっと議論すべきでもある。)

夕張のダム関連の写真は、どこかに送るつもりだ。
建設中の建造物もないし、悲しんでいる市民の姿も無い。
そして、私の考え方はメディアに合わないかもしれない。
しかし、送る。
節約を強いられている私は、税金の無駄遣いが大嫌いなのだ。

しかし、マジに腰が痛い。
奄美大島で痛み止めを拾ってくるかな(笑)。
それにしても、本当に馬鹿相である。

10月21日
腰が痛い。
やはり、東京は遠かった。

腹も苦しい。
私は江川事件以降、アンチジャイアンツなので、
原が苦しむのは快感だが、自分の腹が苦しいのはつらい。
水戸光圀も真っ赤な顔をして怒っている。

原因は、得意技でもある安物買いの銭失いだ。
昨日の帰り道で腰が痛くなったので、料理を作る気もしなかったし、
駅前の西友にチャリンコを置いたので、
礼儀の意味でも、西友で惣菜を買ったのだ。

私は普段サティで買っている。
西友は遠いし、坂があるからだ。
だから、東京帰りに寄る事が多い。
久し振りの西友は、安い物がいっぱいあった。
大盛りの3種の刺し盛りがヨンキュッパ。
アジとアマエビとイカ。(イカは全部繋がっている包丁さばきで、以下だったが。)
肉じゃがが、ニィパッパ。(サティならサンキュッパだろう。)
カキフライは、8個で300円。(久しブリ大根に買えたよ〜。)
刺し盛りには大根のツマがあり、私の好物でもある。
というわけで、食いすぎだったのだ。

昨日電車で、ショックなことがあった。
痴漢に間違われたわけではない。
走行中、ドアが閉まっていたのだ。
西武線だけでなく東西線も。
走行中、ドアが閉まっているのは当たり前かも知れない。
もちろん、私も走行中にドアが開いていたら怖いと思うし、
風邪をひくのでタダでも乗りたくない。

私は電車のドアを使って作品を作ろうと思っていたのだ。
3年前、東京に戻って初めて山手線に乗った。
混んでいたので、ドアの前に立つことになった。
その時、見えたのだ。
光が。
その山手線の列車は、ドアの上にテレビのようなものがある新型であった。
しかし、ドアに隙間があったのだ。
私はその隙間を使って、作品を作ろうと思ったのだ。
しっかし、昨日乗った西武線も東西線のドアはピッタリ閉まっていたのだ。
自信を持っていたアイデアだが、これでは作れないのだ。
がっくり。

しかし、へへへ。
自宅展の時に来れなかった奏太郎が、11月に来てくれそうなのだ。
う〜ん、マンモスウレピー。
しかし、「東京」より先に奏太郎の作品を考えないといけない。
でも、本当に嬉しい苦痛(笑)。

国際文化賞の絵画部門に杉本さんが選ばれた。
う〜ん、やっぱり凄いねえ。
そして、羨ましい。
それにしても、腰が痛い。

10月20日
今日も良い天気とうか、暑かった。
腰が痛くて3度くらい目覚めた。
腰痛があると、かなりウナサレル夢を見る。
おまけに、肩も攣った。

久し振りに朝飯を食って、シャワー。
そして、整骨院。
だいぶ良くなっている。
とにかく、運動不足の筋肉不足。
あすから、毎日30分以上は散歩するぞい。

今日も35の長巻「SAKURA」のA4プリントを探した。
見つからない。
無い訳ではない。
先日の自宅展では、お客さん達に見せたのだ。
それなのに、ああそれなのに。

久し振りの東京。
腰の事を考えて、駅までチャリ。
バスや電車を立って待っているのはキツイし、チャリは楽だし、早いし、タダなのだ。
(帰りのタクシー代節約にもなるしね。)
驚いた。駅前の西口開発は進んでいて、クレーンが数台。
(私の一番欲しいのは、チャリ置き場だが。)

久し振りの電車は、快速急行だったし、座れて良かったが、
見ず知らずの他人が隣に座るのが不思議な感覚だった。
パスモも便利だと思った(笑)。
馬場から東西線で神楽坂。(行きも帰りも座れた。)
神楽坂に降りたのは初めてだ。(それにしても、モモヒキは暑かった。)
神楽坂というのは芸者さんのイメージがあったが、
出版社もいろいろあったし、細木数子の事務所もあった(笑)。

「夕張」を作ってくれたデザイナーの鈴木さんの事務所。
鈴木さんは、日本を代表するブックデザイナーだ。
凄いデザインの建物というか、凄いコンセプトの空間だった。
凄いデザインの建物と書いたが、実際は見ていない。
というか、見えないのだ。
円筒形の3階立ての建物だが、入り口以外は樹木で覆われているからだ。
今まで見た家の中で、一番凄いと思った。

鈴木さんは多くの写真を見ているだけでなく、他のジャンルにも造詣が深い。
私は撮ったり作る人の感覚だけでは、良い作品(商品)が出来るとは思っていない。
最終的に作品を評価するのは、客だからだ。
だから、アートディレクターの必要性を重く感じている。
そして、氏の眼を高く評価している。

持っていった「FOOD」「AGE」は、おもしろいと言われた。
ただ、「夕張」を越えていないと言われた。
瞬時に、平面作品と写真の本質を見分け、
平面作品の価値を判断する能力は、改めて凄いと思った。
そして、これらは印刷には向かないと。(これは同意見である。)
「FACE」「東京裏返し」の評価は低かった。
逆に、井の頭公園のシリーズは高い評価。
具体的かつ的確なアドバイスはありがたかった。

そして、「夕張」のスタンスや気持ちで、「東京」を撮ることを薦められた。
「東京」を撮ることは、友人達にも薦められている。
しかし、、、興味が湧かないのだ。
今日も帰り道、街並みをつぶさに見た。
しかし、撮りたいという気持ちは起きなかった。
まあ、ある程度の見れるものは撮れると思う。
しかし、だからどうだというのか。
どうせ電車賃やフィルム代を使うなら、今までにない最高の美を作りたい。
そうでないと、まったく意味がないと思っている。

帰りの電車でも、いろいろ考えた。
35やブローニーの長巻で、作品を作る事は出来る。
しかし、本には向かない。
変わったものを探し出す方法もツマンナイ。
ストレートフォトは、まったく浮かばない。
歌舞伎町で武勇伝を作っても今さらだし、
西武線の終電は早いのだ。

私は撮るより、作る方が好きなので、
ゼロからのスタートでも、「FOOD」等の平面は貫きたい。
しかし、撮る撮らないかは別にしても、「東京」は考える。
鈴木さんが納得する一枚は作るつもりである。
私は、今回、常識を忘れた。
狭山茶というものがあるのに、手土産を忘れたのだ。
それなのに、鈴木さんは体を心配してくれ、車代も渡してくれた。
(どういう人かわかるでしょ。)
それに、負けっぱなしは、悔しいもんね。

とはいえ、久し振りの地下鉄の階段や、
神楽坂の坂道はキツクて、東西線でギクッと来た。
とにかく、運動から始める。

10月19日
良い天気。昨日よりは痛みは無いが、
明日は東京に出ないと駄目なので、整骨院。
しかし、混んでいたので、先にサティでお買い物。
ミカンが売られていて驚いた。
ミカンが売られていた所は、地元農家が並べている所だったからだ。
柿は近所にもなっているが、狭山でミカンが獲れるとは思わなかった。

それにしても、食欲が無い。
(味の好みが変わって来ているせいもあるが。)
以前はヒルズで飲んで食って、それから関本やゑらんに行っても、
二品は、食えた。
しかし、今はお通しのみが多い。
気持ちは若いつもりだが、体はやはり歳なんだね(笑)。
情けない思いだ。

整骨院では電気とマッサージだが、
う〜ん、、、便意を我慢するのに苦労した(笑)。

フラットニングしたものをスポッティング。
「FOOD」もやった。
「FOOD」はネガがないので、ほとんどスポットの必要が無い筈なのだが、
意外にバナナは、白点が多く苦労した。
このバナナの皮は、かなり茶色になっていて、
食べ頃であり、中は柔らかい。
白点の原因がわからない。

私は頭が悪く、思い込みが激しい。
もちろん、固定観念は駄目だといつも戒めているつもりなのだが。
昨日の日記に書いた。
「メインに考えていた「水無し川」のベタが入った袋がないのだ。
ベタはテーマ別に袋やファイルに入れて、同じ場所に置いてある。」
だが、違う場所にあった。
いつも置いてある場所が狭くなったので、多くの他のベタとともに、
反対側のカラーボックスに入れていたのだ。
私は、同じ場所しか探さなかった(馬鹿)。
そして昨夜は、今まで自分が撮った他のベタのことも浮かばなかった。
記憶力の無さにマジに泣けてきた。

ついでに書くと、明日新宿に持っていく作品だが、
35ミリの長巻の「SAKURA」のA4サイズが見つからない。
友人に10枚くらいプリントしてもらったのに。
(改めて整理しても、絶対に忘れる気がする。)

改めて、作品類を見た。
やはり、これでは仕事の依頼はないだろうと思った(笑)。
パソやデジが出来ないので、依頼撮影は無理だろう。
体のことがあるので、一般的なバイトも無理だろう。
今まで、なんとか生きてこれたが、来年からが正念場だ。
頑張ろう。

10月18日
参った〜。
昨日から腰が痛かったのだが、本格的になった。
私はプリントを一度乾かしてから、Ag処理するのだが、
その作業だけで大量の汗。
焼酎も煙草も食料も切れかかっているし、流しは食器の山。

まあ、そんなのは何とかなる。
問題は、火曜日だ。
新宿に行かないといけないのだ。
新宿どころか、一階のトイレに行くのもキツイ。
本当に参ったなあ。

で、焼酎とテレビっ子。
普天間基地の事をやっていた。
私は海外に行ったことも、行く気もないが、
空港や基地問題には考えることがある。
私は飛行機が嫌いである。
ヒルズにいたら、誰もが同じ気持ちになると思う(笑)。
(ヒルズは、入間基地のすぐそばなのよ。)

普天間基地の周辺は、人が多く住んでいるし、大学にはヘリも落ちた。
狭山も昔、飛行機が落ちたそうだ。
根本的に、基地は危険なものなのである。
そして、騒音も凄い。(精神的に病む人も少なくないよ。)
難しい問題だが、人間の安全と健康を優先して欲しい。

夜起き出した。
何とか食器が洗えた。
Agガードしたものをフラットニング。
新宿に持っていくものをセレクト。
次に写真雑誌に送るものをセレクト。
しかし、無い。
メインに考えていた「水無し川」のベタが入った袋がないのだ。
ベタはテーマ別に袋やファイルに入れて、同じ場所に置いてある。
しっかし、無いのだ。
確かに整理は苦手だが、無いのは非常に困るねん。

テレビで凄いものを見た。
動体視力アップメガネである。
あれなら、「MINAMO」のピント合わせも出来るかも知れない。
しかし、「MINAMO」の為だけに、68000円は無理だ。
それにしても、凄いものがあるものだ。

途中からだが、「エアーフォース1」を見た。
凄いストーリーで、感動した(笑)。
確か、戦闘機に乗ってインベーダーと戦う、大統領の映画も見た記憶がする(笑)。
アメリカの人達は、ああいう映画が他の国で放映されるのをどう思っているのだろうか。
マジに心配しますわ。

10月16日(雨が降ってルーター不調で、3日分です。)
どんよりした天気と、どんよりした気分。

昨夜は胸が苦しくなり、救心を飲んだ。(酒じゃないよ。)
落ち着いたので、気分直しに関本食堂へ行った。
マスターがいなくて、ママさんの雰囲気も暗かった。
糖尿病が悪化して、入院したのだ。
透析をしているらしい。
マスターも友人だし、私の友人達にも関本ファンは多い。
100キンのレモンの閉店どころではないのだ。
おまけに、朝起きたら、たった一匹だけ生き残っていた金魚が死んでいた。
どんよりした気分になるのがわかるでしょ。

とはいえ、もう余裕が無い。
腰も風邪も酷いが、パブロンを2包と栄養剤を飲んで暗室。
何とかオーダー2カットと「FOOD」4カットをプリント。
「FOOD」はバナナと天かすだ。
なんとか焼いたが、6カットしか焼けなかった。
何しろ久し振りの暗室というか、久し振りの運動なのだ。
膝がガクガクガク。
コンドロイチン以前の運動不足だ。

オーダーの一枚は、
夕張のダムで無くなった地域の祭りの時の子供の写真だ。
知人の娘で、当時は10歳ぐらいだろう。
今は22歳ぐらいか。
この子だけでなく、みな笑顔。
感慨深い。

自作水洗器の改良は、ある程度上手く行ったが、
排水部分はもう少し改良した方がいいなあ。
それにしても、今日の水道の温度は20、5度。
ガス代が助かるわあ。

水洗は、QW(水洗促進剤)に10分つけてから、1時間する。
その1時間の間に、肴の用意。
5分に一度は、一階に降りて水洗器の網をゆすって、気泡を抜いて攪拌。
パソも立ち上げ飲む。
4時間ほど放電していたのだが、ネットは接続出来ない。
たいして、メールなぞ来ないのだが、
ネットがないと駄目な生活になっているのがおかしい。

テレビを点けた。
綾瀬はるかの「世界の中心で愛を叫ぶ」の再放送をやっていた。
パブロフの犬はヨダレだが、私の場合は涙が出る。
この日記を書きながらスイッチをつけたのだが、
挿入曲を3秒聴いただけでわかり、自動的に涙が出てきた。
本当に、本当に、綾瀬はるかのセカチューは泣けるのだ。

私は、最終回は見ていない。
夕張時代、再放送を見て泣いていたのだが、
最終回だけは、放送時間が早くなっていたのだ。
私はその時間、スーパーにいた。
そして、買える範囲の高価な物を選んでいた。
夕張ヒルズで調理して、思いっきり泣くぞ〜とテレビをつけたら、
ラスト曲の柴崎コウの歌が流れた。
大好物を食いながらの自棄酒になった。

今度まとまった金が入ったら、絶対にDVDを買うぞい。
ただ、綾瀬はるかは、はいだしょうこと同じ天然なので、
素は出さない方が絶対に良いと思う。

ラストの柴崎コウの「かたちあるもの」は最高だねえ。
私はあの曲を聞くと、泣けてくる。
ユーミンの「卒業写真」と同じくらい泣かすのだ。
レベッカの「フレンズ」もあわせて、私にとっては3大名曲なのだ。

TVCMで美味そうだったヤマザキの「ふんわり」という食パンを食べた。
サティで、8枚入り158円だった。
想像以上の美味しさだった。
生で食えた。(レンジ飯より、手軽だよね。)
私の主食は、焼酎と肴である。
パンやご飯はあまり食べない。
まあ、サンドウィッチは食うが、食パンは食わない。

小学校の給食の嫌な想い出があるからだ。
美味くなかったというか、当時の食パンはメチャ不味かった。
牛乳というか、脱脂粉乳も不味かった。
ソフト麺や揚げパンを美味かったという人もいるが、私は記憶はない。
カレーだけが楽しみだった。
ヤマザキのふんわりなら、喜んで耳も食っていただろう。

10月15日
昨夜は困った。
寝ようと思って横になったのだが、雷鳴が凄かった。
そして、凄い雨。
浸水が怖いので、起きていた。
幸い、豪雨は2時間ぐらいだったが。

しかし、考えてみれば1階の暗室に浸水しても、
補修等は少しの時間で済むし、それほど腰は痛めないだろう。
私は夕張にいた。
雪の苦労に較べたら、屁〜みたいなものなんだよね。
北海道は気温が低いので、雪は融けない。
だから、濡れることを恐れていたのかも知れない。

私の記憶では、一晩に90cm降られたことがある。
笑うしかなかった。
日本海沿いの重い雪ではないので、チョロイもんなのだが、
夕張ヒルズは、捨て場がなかったし、除雪車の入るのも遅かった。
それにしても、いくら雪の結晶が美しくても、あの量は憎々しかった。
それに雪が降るのは、一度だけではない。
ひと冬に何十回も除雪していると、虚しくなってくるんだよね。
年金暮らしの老人には良い運動になるが、
バイトで肉体労働をやって、また除雪するのはつらいんだよねえ。
腰痛もあるし、もう雪国には住みたくない。(笑)

それでも、北海道の雪の結晶は美しかった。
友人に結晶を撮っていた写真家がいた。
苦労は想像出来る。
暖かなスタジオでは、一瞬で融けて消えるもんね。(笑)
私は撮らなかった。
あの美しさは、あくまでも自然が作ったもので、私が作ったわけではない。
私は美を作りたい。

昨夜の雷はきれいだった。
ノリピーの記者会見と同じような、蒼い美しい色。
私もストロボを使ったことがあるが、モノクロである。
あの光の色を固定出来ないだろうか。

整骨院で薄型テレビを見た。
やはり、キレイ。
しかし、ツマラン番組だった。虚しい。
とはいえ、あの美しさを生かせないかなあ。
(TVを使ったアイデアはある。ヒルズのテレビで近くやるつもりである。)

日本の農業を変えると言われる、野菜直売所が特集されていた。
なにか、引っ掛かった。
発想は、農家で食えなかったら、続かないだろうってことだ。
私は、作品で食えなかったら、続かないだろうって言っている。
似ている。
もちろん、生活必需品の農作物と、観賞用の美術品は違うだろう。

この野菜直売所は、農家が直接置く。
日本の農家の平均年収425万円に較べ、650万の収入がある。
利益は大きいが、農協や市場やスーパー等の中間搾取を取り除いただけともいえる。
やる気になるという効果もあるだろうが。(野菜直売所のマージンは15%)
ただ、都会では難しいだろうなあ。(土地代と農家が少ない問題がある。)
武蔵野や三鷹にも農家はあり、無人スタンドがあった。
ある意味、井の頭公園の路上販売に似ているね。

写真や美術の場合、ギャラリーの販売が多い。
大雑把だが、3〜5割のギャラリー取り分が多いだろう。
一般の人が普通に作品を買わない以上、
お客を持っているギャラリーだから、当然だと思う。
ただ、ギャラリーを訪れる客の数は少ないと思う。
とはいえ、写真雑誌やHPで作品を載せても、売れない。
なにか良いアイデアはないのだろうか。

昨日の雨でネットの接続が出来ず、けいちゃんの部屋に行った。
途中、母屋で若者を見たので、声を掛けた。
インスタントラーメンを作っていた。
目的を持っている若者のインスタントラーメンはいいねえ。
私は若い奴らが、イタメシとかフレンチとか三つ星とか言ったら殺したくなる。 
オカシイだろうか。
私もその手のラーメンを作る事は多々あるが、
この歳での袋ラーメンは、もの哀しいものもある。
しかし、インスタントラーメンでも、自由の方がよい。
あくまでも、我を通して作品を作っていく。
体は不調だが、狭山に来てやっと環境も整い、
本当の自由になれたんだもんね。

10月14日
頭痛で寝ていた。
言っておくが、二日酔いではなく風邪である。

昨夜、「なんでも鑑定団」を見て違和感を感じた。
骨董品を見て、作者の画風と違うという言葉があった。
一見、もっともに聞こえるけど、
その作者は死ぬまで同じような画風でいたのだろうか。
私の「夕張」と「FOOD」は、マッタク違う。
自分でも同じ作者に見えないし、
同じ気持ちで作ったわけではないのよねえ。

衝撃的なことを知った。
近所のレモンという100円ショップが、11月に閉店するのだ。
レモンには生活用品だけでなく、生鮮品がある。
私のショッピングはレモンが5割で、サティが5割なのである。
あとはタバコ屋と、公共料金支払いのためにコンビニに行くぐらいだ。
一応、サティの3階には100キンがあるが、生鮮品はない。

サティより安い物を買うので、本当〜に困るのである。
豆腐(大き目の2丁で105円)、油揚げ(5枚入りなのだ)、カクテキ、バタピー。
私は質や安全性より量と安さなので、非常〜に困るのである。
野菜や果物も買うし、レンジ飯が無くなるのはマジにキツイ。
(レモンのレンジ飯は250gなんだよねえ。)

武蔵野時代は、生鮮品が多い99円ショップがあり、本当に助かった。
レモンは品数が少なかったが、無くなるともっと不便になるのだ。
本当は、99円ショップに来て欲しい。(サンドイッチや様々な惣菜もあった。)
しかし、採算があわないので無理だろうなあ。
この辺の人達は、ほとんど車で郊外のスーパーに行くもんね。
ヒルズに来られた人は、近所がシャッター街で、店が無い事を知っているだろう。
そして、各地の中央部で大型店舗が閉店している事も。
これで、サティが無くなったら、、、、地獄だよう。
(ちなみに、狭山の私の知り合いすべては、レモン閉店に困っている。)

狭山は人口15万人ほどで、夕張より人口は多いし、密度も綾瀬はるかに高い。
しかし、商店がないというのはマヌケなことではないか。
買い物のためだけに、車を買うのもマヌケなことだと思う。
私は、4トントラックも転がせる。
しっかし、本州の狭くて渋滞する道は、怖くて運転したくない。
それ以前に、でっかい飛行機がいっぱい飛んでる下で、
スーパーの存在を心配しているのも、マヌケだと思ってる。

不安だよ〜と書こうとして、あることに気付いた。
私は、狭山市の事を何も知らないのだ。
昨年の4月に狭山市に来たが、狭山市の広報を一度も見たことが無いのである。

夕張時代は、町内会費(毎月500円)を払えば、班長が届けてくれていた。
私は払えなくなったという面もあるが、つきあいがキツクなって町内会を辞めた。
その途端、届かなくなった。
このシステムはオカシイと思い、文句を言ったら役所からの郵送になった。
武蔵野時代は、近所の新聞販売店でご自由にお持ちくださいだった。
(一般市民への配布の仕方は知らない。)
狭山市は、どないなってんのかなあ。

アサカメもデイズも書店に置かれる期間は、もうあと一週間も無い。
仕事や感想メール等、何も無い。
毎度のことながら、寂しく虚しい。
ハブ空港問題で吼えてた森田健作みたいだ。
森田健作は、国会では何もしなかった旧タイプのタレント議員だろ。
そのまんま東に勝つことしか、考えていないように見えるんだよね。
正真正銘の大根役者、見ていてイタかった。

しかし、羽田より国際空港の成田の方がデッカイと思っていた(笑)。
外国に行った事はないが、成田は田舎で不便で、
多くの国民と旅行者が困っていると思う。(道内友人も言っていた。)
羽田でさえ、遠いと思うもんね。
(空港の多さも含めて、自民党議員の欲と無能さのせいだ。)
成田や関空、茨城や静岡の空港もそうだが、
飛行機なんぞが欲しけりゃ、いっくらでもくれてやるぜよ。
ヒルズの近所から持ってけや。

10月13日
昨日は祝日だったので、整骨院に行った。
(昨日がなぜ、体育の日になったかはようわからん。)

しかし、混んでたので、先に銀行に寄ってサティ。
口座に十数万入っていた。
来月も生活出来るが、どこからだろう。
考えられるのは、デイズのギャラである。
7枚使用だから金額が多いのかなあ。
武蔵野時代に作った三井住友なのだが、
狭山にはないので、記帳が出来ないのである。
(自分でもダラシナイと思っているが、入金が少ないので、、、。)

サティでは、火曜得の市をやっていた。
ホッケの開きと赤魚が1枚99円。
北海道時代はホッケは見飽きていて、あまり食べなかったが、
身がほぐしやすくていいよね。(まとめ買いをして、冷凍。)
アサリのパックも99円。

本州のアサリは、貝殻がきれいなのだ。
北海道(厚岸)のアサリはみんな茶色でつまんない。
(しかし、身は大きく旨味が濃い。)
一番美しい貝が入ったパックを購入。
しかし、帰ったら忘れていて、すぐ炒めたので意味がなくなった。

再び整骨院。
しかし、12時前なのにまだ混んでいた。
私は待つのが苦手だし、今日は風邪も酷く、気分が悪い。
で、諦めてヒルズに戻ったのだが、
久し振りに大金が入ったので、古本屋に寄った。
久し振りに写真集を買った。
それも、10冊も。
フフフ、大人買いなのだ。
と言っても、売れ残りなので一冊50円だったのだが(笑)。

ん?
もちろん、写真家の写真集ではない(笑)。
美しさフェチの私は、そんなの買わないし、興味もない。
私が買った本は写真集なのだが、撮った人の名前は小さい扱いである。
(エロ本なぞは、撮影者の名前も載っていないが。笑)
それにしても、ヤフオクで1000円前後で落としたものも50円で売られていた。
頭に来て熱がさらに出た。

しかし、考えた。
1000円で買ったものが、50円で売られているというのは凄いことである。
逆にいえば、
50円で買って、ヤフオクで1000円で売れば、丸儲けである。
私はヤフオクで売ることは出来ないが、友人には売っている人がいる。
で、10冊買ったのだ。
(以前テレビで見た事がある。
本当は高価だが、安い値段の古本を探し、オークションで売る人を。)

念のため、ヤフオクで相場を調べてみた。
獲らぬタヌキの皮算用。
それら一昔前の写真集は、せいぜい3〜500円。
それも開始価格で、入札数はゼロ、、、、。
私は金儲けには絶対〜に、向かないと思った。
(安物買いの銭失いも得意技であるが。)

お得弁当298円(マイタケご飯と数種類のおかず。)を食べながら、テレビっ子。
「いいとも」に、はいだしょうこが出ていた。
本当に色が白くて美人。好みなんだよね。

B,zの新曲のCMが多い。
軍艦島の映像が嬉しいし、懐かしい。
このCMは立ち入り禁止の所でも撮影されている。
ぜひ、注目して下さい。
(あと詳しい映像は、友人達のHPで見れます。
http://www.gunkanjima-odyssey.com/ )
B,zは好きだし、新曲も悪くない。同じキーで歌えるしね。
しかし、なんか若さを感じなくなってきた。
私は体はともかく、気持ちは若いつもりだし、美しさフェチである。
最近は、「いきものがかり」が好きなんだよね。

10月12日
今日も空が美しい。
とはいえ、朝は寒かったなあ。
昼間も20度がせいぜい。

体調は相変わらずだし、頭痛が酷い。
高層マンションの階段を昇り降りして、忘れ物を探す夢。
本当に体調が悪いと、ロクな夢を見ない。
運動を兼ねて、洗濯と夏服と冬服の入れ替え。
そして、掃除機をかけた。
で、グッタリ。

先日の自宅展の売上と原稿料で、今月は生活が出来るが、
来月が不安である。
頑張らねばならないのはわかっているのだが、
体調が悪いと暗室に入る気にもなれないのだ。
(たとえ、入ったとしても、印画紙代がパーになるのだが。)

ワイドショーで、鳩山夫人のブーケの話題。
驚いた。
韓国は赤と青の花。中国は赤と黄色の花のブーケ。
花というのは、一週間ぐらいはもつ。
しかし、、、。
フラワーアレンジメントの先生が作っているそうだが、
特殊な方法で、生花の状態でかなりもつという。
(方法名は忘れた。)

これには、驚いた。
意外かも知れないが、私は夕張時代から自宅でのイベント時は花を飾ってた。
しかし、それらの花は家の近くに咲いている花。
季節感を出す効果もあったが、あくまでも、、、タダなので活けていた。
(狭山でも飾った事があるが、狭山は田舎なのに探すのは大変だったが。)

私は、展示会とかしてきた。
花をいただくことは少なくない。
枯れるのが哀しかったというか、モッタイナイと思っていた。
花は枯れる。自然の摂理。
が、モッタイナイ。
コストはわからんが、長期保存の特殊技法が広く知られたら、
貴重な高山植物の盗難も減るかもね。(花卉農家や花屋には悪いが。)

夜、起き出して暗室。
すべての液を準備したが、そこまで。
デジなら苦労しなくても済むかな。
(頭は悪いので、もっと苦労するだろうが。)

公園仲間からメール。
ポスカを売っていた女性だが、初めて写真が売れたと言う。
もの凄く喜んでいた。

私の写真が初めて売れた時も嬉しかったと思う。
しかし、なにしろ30年も昔。
思い出そうとしても、オツムが、、、、(哀)

10月11日
見事な青空。
しかし、、、腰痛プラス風邪。
なんでやねん。

今日こそは焼こうと思って、昨日は酒も減らして早く寝た。
腰が冷えないように、シーツも毛布に変えたのに。
ターキーのダブルは良いが、腰痛の風邪のダブルは痛い。
草津温泉に浸かって出れなくなった。
やっと出れたと思ったら、屋根の雪降ろし。
夢もロクなものでもない。

マイミクの日記で、ゲームのことがいくつか書かれていた。
テレビのCMでやってる無料ゲームなのだが、
商品?を買うボタン?があり、
子供がたくさん買って、金額を見て親が驚くという問題だ。
私はゲームなぞ、まったくやらないし、
ネット系というのは胡散臭いものだと思っていたから、
無料ウンヌンというのは関心はない。

ただ、CMに流れる「グリー」という奴は問題だと思っていた。
釣りゲームのCMだが、なぜニシキゴイを釣るのだ。
これは私だけでなく、多くのペット愛好家も同意見だろう。
人それぞれの考え方もあるだろうが、
一般的にニシキゴイというのは、観賞魚であり文化だ。
「グリー」だけでなく、広告代理店、メディア、クリエーターどもに頭に来ている。

古い人間かも知れないが、
子供がゲームをしてる姿は嫌いだ。
勉強しろとは言わん。
外で遊べ〜。
健康な体がないと、私みたいになっちまうぞ〜。

10月10日
昨夜は起きて仕事しようと思ったが、
ベッドから立ち上がれなかった。
腰というか、背中が痛い。
仕事どころではなかった。
なにしろ座っているだけで痛いのだ。

今日は寒かった。
昨日より、痛みが酷い。
整骨院にも行ったが、昨日より酷い。
久し振りに暗室に入ったが、バットを並べただけで、
液も作れなかった。 困った。

足利鉱山の専門家で、写真家の橋本康夫さんが亡くなったことを知った。
2003年の北海道赤平市の鉱山国際会議で初めて会った。
私は炭鉱遺産を活かした活用を提案するグループをやっていて、
炭鉱遺産をよりよく思われるような作品を作っていた。
彼は、歴史に重きを置いていた。
正直、意見は合わなかった。
しかし、目はもの凄く優しかった。

昨年、銀座で炭鉱遺産の写真展をした。
急な展だったので、親しい写真関係者にしか知らすことが出来なかった。
しかし、橋本さんは最初に来てくれて、驚いた。
酸素ボンベを持っていた。
不吉を感じたが、私も体は悪い。
ご苦労様でしたという気持ちで頭を下げるしかなかった。
それが最後の姿だった。

私は、体や経済的な問題があり、炭鉱の活動は出来なくなっていた。
軍艦島関係の友人や、うちのメンバーだった若者が、
橋本さんと知り合っていたと知らなかった。
そして、若者達を応援してくれていたことも。
しかし、若い次の世代が頑張っています。
安心してお眠りください。

10月9日
今日は良い天気で、整骨院。
待合室のテレビが点いていた。
う〜ん、最近のテレビはキレイだね。

しかし、実物以上に美しいと思った。
テレビを売るために美しさを優先したせいか、立体感のない平面的な映り方。
というか、リアル感のないバーチャルな感じ。(竜巻のあとも美しく見えた。)
デジカメ写真を見たような感じがした。
(デジにはデジの良さがあると思うが、
このことは、深く長くなるのでここまで。)

姿勢を変えるとやはり、激痛。
これでは藤川ゆりと結婚しても、上手く行かないのではないだろうか。

台風は、今もいるのかなあと思った。
昔、あるアナウンサーが、
「幸い、台風は関東地方を抜けて、東北地方に行きました。」と言った(笑)。
テレビ(メイン局)の台風情報って、
沖縄あたりの上陸から関東を過ぎるまでは放送するが、
それ以降って、ほとんどやらないんだよね。
私の嫌いな大西賢治も早く消えて欲しい。

足利事件の録音テープのニュースも流れていた。
(ニュースに流れるということは、大きな問題だからだろう。)
しかし、私はまったく理解出来なかった。
ただ、友人の日記にも書いてあったので書く。
このニュースの主旨は、
警察や検事等が厳しい言葉を使って、責めて、自白させたので、
問題だということだと思う。

確かに、冤罪は許せない問題だと思う。
しかし、私はわからない。
ニュースで録音されたテープを聞いても、
「どこが厳しい言葉やねん。」
ただ、それだけだったのだ。

たとえ無実でも、拷問されたら、私も偽吐するだろう。
しかし、なんでこんな言葉で偽吐するのか。
マッタク、わからないのだ。
確かに、私は建設現場で働いていたし、飯場や病院も追い出された人間だし、
芸術をやっているので、多少は気が荒いと思う。
しかし、なんでこの程度の言葉で偽吐するのか。
人殺し、それも女児殺し、変質者扱いされているのだ。
簡単にゲロするのがわからない。

足利事件の犯人とされた人は冤罪だった。
だから、すべての取調べを録音録画すべきと言うのは、
電化製品の進歩と安さにによる、短絡的な部分があるのではないか。
「あなたは殺しましたか。」「はい、殺しました。」「OK。」
そんな簡単に済んだら、警察はいらんよ。
絶対に、冤罪効果で犯罪が増えると思う。
だって、悪い事をする奴の方が、ズル賢いもん。

私は家を荒され、自由を失った。
作品発表がだいぶ遅れた。
被害者って、つらいよ。

そして、「足利事件」という名前に違和感を感じてきた。
「足利事件」と言うのは、女児殺しでなく、冤罪を指すようになっていると思うのだ。
これは、大きな問題だと思う。
(子供を殺すのは、絶対に許せない。
私が一番好きなのは、藤川ゆりでもアートでもない。娘分が産んだ奏太郎だ。
もし、奏太郎が殺され、犯人が捕まったら、私は釈放を願う。
そして、絶対に、自分の手でぶっ殺す。)

「足利事件」を、冤罪だけの話題にしてはいけないと思う。
「足利事件」は、あくまでも数人の女児が殺されたのが、本質だ。
そして、その地域が川を挟んで県が違って、
管轄が違う事になり、縦割りの捜査になった。
で、犯人はいまだに捕まっていない。
そのことの方が問題だと思うのだ。

私は以前、足利事件の冤罪以前の事を書いた。
菅谷さんの家へのガサ入れで、シロなのがわかるだろうという意見だ。
数人の女児を殺すと言うのは、完璧な変質的ロリコンである。
そして、そういう奴はかなりの収集癖もある。
菅谷さんの家に入れば、一発でわかったと思うのだが。

10月8日
参った〜。
また、腰をやっちまったのだ。
原因は、台風である。

この台風はやっぱ、凄かった。
幸い雨の量は少なかったのだが、風がもの凄かったのだ。
ヒルズの前には、半ば壊れた看板が立っているのだが、
今にも吹き飛びそうだったのだ。
で、母屋から脚立を出して、紐で縛って補強をしたのだが、
私は今、腰痛の治療中である。
脚立作業はモロに腰に来たのだ。

本当に、今日の風は凄かった。
なにしろ、ヒルズ自体が揺れたのだ。(十数回以上は揺れた。)
ヒルズは古い建物だが、3棟が繋がっている。
浸水のことだけを心配していたのだが、
風で建物が揺れるのは、初めての経験だった。

色彩にガックリした。
台風一過という言葉がある。
台風や大雨の後は、空の色が美しい筈である。
しかし、たいして青くなかったのだ。
う〜ん、こんなものなのかねえ。
北海道は、もっと青かったと思うのだが、、、。

柿にもガックリした。
近所の柿が落ちていた。
青い柿も多かったのだが、熟した色の柿もあった。
しかし、熟した柿は落下で潰れていた。
セコサで、柿を期待していたわけではない。
スーパーで並んでる果物より、
樹で熟してぶら下がってる果物の方が、美味しそうに見えるからだ。
でしょ。

母屋の若者を誘って、関本食堂で昼飯。
彼は、かつ煮丼の大盛り。ご飯の量が凄い。
若者の食欲は凄かった。

10月7日
降ったりやんだりの天気だが、
明日は台風のようなので、なんとか接骨院に行った。
少しは良くなっているが、治療台の上で体の向きを変えるだけで激痛。
今回は、痛みの場所が違うのよね。
とはいえ、頑張らないと生活の事もあるし、作品も作れないのだ。
とにかく、来年からは生活保護以上の収入を得ないと。

今度の台風は、10年に一度の大型台風という。
私は北海道が長かったので実感がないし、
東京に住んでた頃も2階の部屋が多かった。
明日が怖い。
ヒルズの一階は暗室なのだが、道路と同じ高さなのである。
一応、浸水してきても大丈夫なようにしているが、
一部の作業台の支えは、収納も兼ねてカラーボックスである。
カラーボックスは、水に弱いのである。大雨は本当に怖いのである。
杉並区は土嚢を無料でくれて、運んでくれると言う。
マジに、うらやましい。

夜の作業の為に寝ていたら、三重の実家からテル。
先日、掲載誌を送ったのだ。(普段、親不孝ばかりしているからだ。)
「もう歳だから帰ってきてくれ。」
もちろん、わかってはいるのだが、、、、。
今回の台風は、伊勢湾台風に似ていると言う。
台風も怖いけど、帰って来いのテルも怖い。

JAL絡みもあるが、ニュースで空港問題をやっていた。
日本には90以上の空港があると言う。
離島は仕方ないが、そんなに必要なのかいな。
授賞式で、鳥取県の米子に行った事がある。
鳥取は人口が一番少ない県である。(面積もそれほど広くない。)
しかし、米子と鳥取の二つの空港がある。(米子は自衛隊兼用のようだったが。)
私は、複雑な気持ちになった。
3倍近い人口の三重県には、空港がひとつもないからだ。
(伊勢志摩という大観光地があるのにさ。)

ついでに書くと、埼玉にも空港はないと思う。
狭山基地は、目と睫の先にあるが、、、、。
昨年、北海道に行ったのだが、
戦闘機のパイロットの顔が見れる所に住んでいるのに、
遠い羽田まで行くのは、本当にマヌケだと思った。
だべさ。

さて、空港の本題だが。
静岡や茨城等、赤字が大きく、必要性が少ない空港は閉鎖になり、
広大ななにもない廃墟になると思う。
で、その跡地の活用法を考えてみた。
レース場、サイクリングコース、ドッグトレーニング、野外ライブ。
採算が取れるアイデアは浮かばなかった。
しかし、一つのアイデアが浮かんだ。
日本海側の赤字空港を基地にして、
入間や習志野の基地を移転させるのだ。
入間も習志野も東京のためにある。
日本全国民のためにも、移すべきだと思う。

10月6日
二日酔い。
机の上に食品用の透明プラの簡易ケースが置いてあった。
梅干の種が二つ???

昨夜は、関本に行った。
そこで貰ったのだろう、、、、か。(眠れなかったのだ。)
常連のゆきおちゃんもいた。
ゆきおと言っても鳩山ではなく、斉藤ゆきおであるが。
服とかプレゼントしてくれる良い人なのだが、恐ろしい事を聞いた。
私のHPを見ているというのだ。

関本常連は、純粋な飲み仲間。
私は彼らの名刺は持っていない。
そして、彼らは写真やアートはやっていない。
ネットと言うものは誰でも見れる。
それは知っているし、彼らもパソや携帯を持っていて、
私以上に使いこなしている事は知っている。
なんら、オカシクナイ。
しかし、日々一番会ってる人間が、見ているとは思わなかった。

今日は雨が強く、整骨院は断念した。
事務仕事と整理。

10月5日
クタクタというか、、、腰が遺体ねん。
ゴミも出せなかった。
なにしろ、昨日は朝の3時から、夜中の2時まで連続で起きていた。
これだけ長い時間起きていたのは、
夕張時代の災害工事の時以来ではないだろうか。

寝ようと思っても、腰が大分県だった。
同じ姿勢も痛いし、体勢を変えるのも痛かった。
なにしろ、痛み止めの4リッターをいくら飲んでも、眠れなかったのだ。
たとえ、藤川ゆりがセーラー服とナース服を持って来ても、
田中美絵子が10歳若返っても、何も出来なかっただろう。
全盛期のモー娘とAKB48の全員が裸で来ても、
ヒルズの床が抜けるだけだったろう。

ヒルズ近くには、七夕通り商店街という立派な名前のシャッター商店街がある。
整骨院だけでなく、健康マッサージの店も2軒ある。
地元の友人は行ったことがあるそうだ。
腰だけでなく、他の部分も健康になるらしい。
しかし、私は財布の健康を優先している。
冗談はさておき、今までの腰痛と種類が違うのだ。
本当に困ったちゃん。
なんとなく、石原さんの気持ちわかるよ。
一生懸命、自分の為に頑張ったのにねえ。
(先日の自宅展で、東京の若者が狭山ヒルズに来た。
開口一番、「空気がキレイですね。」
ここは夕張ではなく、狭山だ。
アホかと思ったが、空気の汚い所でスポーツって、根本的にオカシイよね。)

というわけで、久しブリ大根の整骨院。
電気を流して、ソフトマッサージ。
とにかく、腰というか腰椎まわりが炎症を起こしているらしい。
テーピングと湿布。
運動不足とメタボと酒が原因だと思う。
私は肉体労働のバイトが長かった。
しかし、体が弱い。どこか、マヌケに思える。
(仕事と運動では、使う筋肉が違うせいもあるが。)

とはいえ、自宅展が終わったら本格的に活動しようと思っていたし、
東京駅に行かないといけないのだ。
あの藤川ゆりの弁当が、東京駅と上野駅と大宮駅で売られているのだ。
大宮は同じ埼玉県だが、東京に行くほうが便利なのだ。
西武線の本川越とJRの川越駅は、接続していないのだ。
徒歩10分ほど、かかるらしい。
JR新宿駅と西武新宿駅も、接続していない。
西武はロクデモナイ部分もあって、嫌われるのはわかるが、
利用者は関係無いと思うのだが。

写真に対して、怒りが湧いた。
藤川ゆり、正確には藤川優里のいちご煮弁当だが、
一番のメインは、本人の生写真が入っていることだ。
しっかし、この写真は水着でもないし、地味なのだ。
もちろん、事情はわかるが、あま〜りにも、ショボイ写真なのだ。

私なら普段の服でも、彼女の美しさを前面に出す写真を撮る。
しかし、美しすぎると地元の反発もあり、駄目だろうなあ。
(アイドル写真の場合、いくら良いカットを撮っても、事務所に蹴られるそうだ。
自由に撮れない哀しさ、、、はつらいと思う。)

今日も、散歩以前。
で、読書。
と言っても、マンガやエロ本ではない。
「DAYS JAPAN」だ。ジックリ読んだ。
う〜ん、マジメな本である。
今さらだが、よくわかった(恥)。
特集は、カンボジアの地雷探知犬。
様々な仕事をしてくれる犬の存在は、知っているつもりだった。
盲導犬やいろんな補助犬、麻薬や犯罪捜査犬にレスキュー犬。
オジキの紀州犬が、東海地方のチャンピオンだったし、
井の頭公園で、ブランド犬を多く見ていて、50種以上の犬種はしっている。
(ちなみに、井の頭公園で一番珍しい犬は雑種である。金魚は100種以上知っている。)

しかし、地雷探知犬というのは知らなかった。
主に、ベルジアン・シェパードという犬種らしいが、知らなかった。
犬種だけでなく、その存在も。(まあ、日本に地雷がないせいもあるが。)
もちろん、カンボジアの地雷の悲劇は知っている。
腕や足がなくなった子供達や農民の写真は、多く見ているつもりだ。
しかし、そういう犬の存在は知らなかった。

ドキュメント写真に関心がなくなっている。
正確に言うと、日本人が海外に行って撮ってきた写真にだが。
有名な知り合いもいる。
しかし、白々しくなるのだ。

現在、日本人の自殺者は年間3万人。
昔は自殺者の数は、それほど知られていなかった。
バブル崩壊と不景気で、メディアが報じはじめた。
昔は交通事故と同じくらいと言われた。
交通事故死者は、減った。
しかし、自殺者は増加している。
交通事故が、自然に減るわけではない。
自殺者を減らす事も、絶対に出来ると思うのだ。

3万人のうちの1万人の自殺者は、借金問題と言われている。
サラ金から借りた方が、悪いという人も多いだろう。
(競馬新聞を脇に挟んで、サラ金に入る人を見たこともある。)
しかし、違法金利だったサラ金のCMは大量に流された。
本人だけが悪いと言う理由は、成立しないと思う。
だから、HPに「サラ金等に困ってる方へ」というページを作っている。

たった4ドルで製造出来、簡単に埋設出来る。
兵士同士の殺し合いは、仕方ない。
しかし、関係のない子供達を殺すのは、絶対に駄目だ。
私は日本人なので、、、
ヒロシマ、ナガサキも知ってる。
核実験は、まだ良いと思う。
しかし、実験や利益の為に人を殺すのは狂っていると思う。

何度か書いているが、
枯葉剤を作っていたメーカーが、遺伝子組み替え種子を作り、
経済で多くの国を管理しようとやっている。

10月4日
朝は快晴。
その後、うす曇。
洗濯日和と言ったテレビを恨む。
何しろ、目一杯洗濯したもんね。

今日は、朝3時に目覚めて起き出して、事務仕事と資料作り。
腰はメッチャ遺体。(ナイス変換)
しかし、集中出来た。
で、昼飯というか、焼酎は午後1時から。
しかし、夕方になっても痛くて眠れない。

散歩をするつもりだったが、諦めた。
やはり、どう考えても計画的に生きられない。
ベッドから出るのも、激痛。
どうしようもない、スローペースだと思う。

ニュースの速報で驚いた。
中川前大臣の死だ。
親のこともあるし、状況もあるので自殺だと思った。
この日記を書いている時点では、本当の原因はわかっていない。
しかし、自然死なら怖いと思った。
私も中川さんも、同じものが大好きだからだ。

私は、普通の人というかマトモな人は、
政治家にならないと思っている。
政治家の子供達は、可哀想だと思う。
芸術家の子供達も大変である。
親と比較されるのはツライもんね。
政治家は、落ちるとタダの人。
芸術家もそうだと思う。
たとえ才能があっても、時代に合わないと、
いつまでも自称芸術家だもんね。

鞆の浦の事を考えていた。
景観と市民生活。選択は本当に難しい問題だと思う。
私は炭鉱遺産に関わっていた。
保存か解体か。どちらの意見も正しいし、難しい問題であった。

鞆の浦だが、昔ながらの街並みは美しい。
しかし、道路が狭くて、不便だけでなく危険なのである。
私は、海沿いを旅していたので、小さな漁村の道路の狭さを知っている。
鞆の浦はポニョが生まれた町と言われる。
しかし、現地の実写ではないし、
構想が生まれた場所というだけでは説得力はないと思う。
そして、景観地区というのなら、鞆の浦そのものの歴史や文化を尊重すべきと思う。
ポニョ人気と言っても、せいぜい数年だろうしね。
(NHKの連ドラの撮影地は人気になる。しかし、せいぜい2年と言われている。)

宮崎監督もコメントを出していた。
番組名は忘れたが、良心的所は、
「私は歩いたりしてただけで、住んでいるわけではないので、
とやかく言うべきではないのですが・・・・・・・・」という所も放映した。
しかし、多くの局と番組は、「・・・・・・・」の所だけを流した。
「・・・・・・」だけを見た人は、ヨソモノがエラソウな事を言うなと思うだろうな。

確かに、画期的な判決だったが、
相変わらず、権力(行政、推進派)VS良心(市民団体)の構図で見せていた。
私は炭鉱遺産の保存活用を提案するグループをやっていて、市民団体と書かれた。
しかし、夕張市内に住んでいたのは私だけで、メンバーのほとんどは札幌だった。
私は市民団体という言葉を聞くと、身構えてしまう。
住民投票はしたのかなあ。

007の映画を見た。
相変わらずのつくりで、安心して水戸黄門。
しかし、さすが女王様の大英帝国。
ヒロインは、中国人になっていた。
視聴者数を考えているのかなあ。
なんやかんや言いながら、夜も資料作り。

10月3日
晴れのち雨のち曇り。 変な天気。
しかし、朝も昼間もネットは繋がった。
安心ですだ。

友人の情報で、夕張の「藤の家」閉店を知った。
カレー蕎麦が名物で、夕張一の繁盛店だったのに閉店?。
聞けば、親父さんの腰痛らしい。でも、まあ、良かった。
頑張り屋の親父さんだったから、閉店ということで、亡くなったのかと思ったもんね。
別の友人の情報だが、10月1日からユーパロの湯のレストランで、
レシピと秘伝の製法を藤の屋から 取得した「本物」のカレーそばを出すという。

食物が切れたので、100キンタマのレモン。
雨だし、腰の事を考えて、リュックを担いで歩いていった。
往復1キロぐらいだが、大丈夫だった。
この数日、ベッドから起き上がるのも、立ち上がるのも激痛なのだ。
歩くのは平気なんだけどね。
ただ、この痛みはマズイと思うので、これからは雨が降っても散歩する。

大西さんからメールが来た。
しかし、docファイルだったので、私の98では開かなくて、(笑)
メールで送り直してもらった。 
シリウスの近くにはルーニーや多くのギャラリーがある。
ぜひ。

Wonderland 30Years Anniversary 1
大西みつぐ 写真展 「Wonderland 町へ」
期 間: 2009年10月29日(木)〜11月4日(水) 午前10:00〜午後6:00(入場無料)
    最終日  午後3:00まで  日曜休館
会 場:アイデムフォトギャラリー 「シリウス」 電話:03(3350)1211
 (地下鉄丸の内線新宿御苑前駅そば)

ギャラリーツアー「横丁のひとりごと」 
2009年10月31日(土) PM 4:00〜5:00
愛しい町の未公開映像、秘蔵品などで綴るワンダーランドな1時間。 
ツアー 料金無料・定員20名

写真展案内
 日本カメラ誌上と新宿ニコンサロンに初発表した「横丁曲がればワンダーランド」から、
早いもので30年が経とうとしています。
東京の町は、ご存知のよう にバブル以後、眼に見える形でその様相や
人の息づかいさえもすっかり変貌させてきました。

 もはや70年、80年代と続けてきた私の気ままな「お散歩」では 太刀打ちできるはずもなく、
いつの間にかマキナ670のフレームも次第にその輪郭を虚ろにさせてしまいました。
しかし、いかに風景が味気ない姿をそこに晒そうが、パースペクティブを喪失させようが、
私たちの住み続けなければな らない町は、眼前の事実として「そこにある」ことを思うと、
まだ執拗な歩行 を繰り返すこと以外に道はなく、自身の歩幅を堂々と信じてみたくなります。

 2000年以後、私のカメラも自然にデジタルカメラへとシフトしていきました
が、19世紀末のパリを黙々と写したウジェーヌ・アジェのように、風景、景観、事物に
丁寧に立ち会うということをいい聞かせて撮ってきました。
そのことで浮かび上がっていくる「近過去」を現在に照らし合わせていくことで、
私 たちのさらなる営みが見えて来ないだろうかという思いがあります。

それは、「井の中の蛙」の町へのまっとうな恩返し仕事として、
ここしばらく、京島、 北千住、本所、砂町、浦安、深川など、
馴染みの町で行なってきましたささやかな写真イベントとも重なります。
過去の「作品」にこだわるのではなく、
「今」撮ること。
東京が見失いかけているもの、人間と町の本来の穏やかさや豊かさを
そこで再確認していくことができればこんなにうれしいことはありません。

 本展では、デジタル一眼レフによる風景やスナップショットのシリーズを核として、
まるでかつての町に誘い込むかのようなモノクロ・Wonderlandシリーズの
オリジナルプリントも並列して展示します。
今回もひとりでコツコツと展示空間を組み立てます。
6日間という短い会期ですが、みなさまのご来場を心よ りお待ち申し上げます。
(カラー・モノクロ 約80点)

10月2日
雨。
雨だとネットが、繋がりにくくなる。
昨夜は、ルーターともう一つの機械に繋がる線を、すべて外して放電した。
しかし、朝になっても、接続出来なかった。
で、なんどか電源のオンオフをやってたら、10時位に接続できた。
溜まった日記をアップして、メールの返事。
しかし、作業終了と同時にまた接続不能。
ワテには、理解出来まへん。

それにしても、パソって多くの人が使ってる最先端の技術でしょ。
おまけに、ソフトバンクはショーモナイお笑いに、毎月1000万円出してる。
ルーターぐらいマトモなの作れよ。
私は、パソだけでなく、腰も弱い。
この3日間で20回以上、ルーターの置いてあるけいちゃんの部屋へ往復した。
私だけでなく、お隣さんや、母屋の若者も使っているからねえ。
(ヒルズは、階段がキツイのだ。)

私はパソは苦手だし、ネットはほとんど見ない。
(一番見るのは、藤川ゆりのブログである。)
しかし、ネットがないとメールが見れない。
数は少ないが、仕事にも支障が出る。
ある編集者が言った。
「写真展等を見に行くヒマなぞない。」
「ネットでオモシロそうな映像を探して、メールで連絡している。」
作品を作っている人は、絶対にHPを作った方が良いと思う。
そして、「専門の分野を作った方が良い。」らしい。

私は、ワープロからパソに変えた時、ローマ字打ちに変えた。
最初は、写真がしやしん、業界がぎようかいだった。(笑)
相変わらず、右手でしか打てないが、ローマ字で打てるようになった。
武士は右手で刀を使うので、左手で飲んでいた。
私も同じ流儀を守っている。(笑)
しかし、いくらアルファベットで打てるようになったと言っても、
英語が出来るわけがない。
英語は、世界で通用する言葉だと思う。
そして、HPは英語用のページも作った方が良いと言う。
アートや写真のコレクターは、海外の方が多いからだ。

マネージメントしてくれるギャラリーと契約するのも方法だ。
すべての事務や作業をやっていたら、作品を作っているヒマがないと思う。
商業ギャラリーに関わるのを嫌う写真家もいるが、
作品を作る能力と作品を売る能力は、似て非なるものだから仕方ない。

また、写真の大家のプリントが数十万でも、
アートのジャンルで認められたら、若手(写真)でも百万以上になる。
とにかく、多くの人が作品で食えるようにならないと、
アートや写真の世界や文化も広がらないと思う。

それにしても、寝不足。
腰が痛くて、眠れなかったのだ。
風邪も酷くて眠いのだが、寝ては起きての繰り返しだった。
おまけに、そういう時は蛇に追いかけられたり、
熊と格闘したりの夢ばかり見る。グッタリになるのよ。

夜起き出して、額装の写真をすべて出して、保存袋へ詰めた。
武蔵野ヒルズの3倍とはいえ、額の置き場が厳しい。
1階の暗室だと、湿気が怖いのだ。
大全紙を本格的に始めたらどないしよう。
ブックマットも届いたので、セットして梱包。
(その作業は、暗室の作業台でした。)

再度放電したら、ネットが繋がった。
その途端、蛍光灯が古くなったようで、チカチカしだした。
なんだかなあ。
美人担当へ、作者紹介の文章に対してお礼のメールしたのだが、
返答メールをいただいた。
<今回の作品掲載を含めて、あのご紹介文は「風間健介」イコール
「夕張」だけではないという思いもあり、明記しました。>
メチャクチャ嬉しい。
アサカメ用になんか作品を作ろうと思っている。
のりピーもそうだが、美人は得なのだ。

夜中、驚いた。
ほとんどの局が、オリンピック開催地選びの生中継。
私は、ズレているのかなあ。意味がわからないのだ。
どこでやろうと、オリンピックはオリンピックだし、
良い記録やドラマに感動するもので、
開催地ウンヌンで、喜んだり悲しんだりしてるのは、理解出来ないのだ。
国体が町おこしの性格があるように、オリンピックって国おこしの面もあると思う。
不景気対策になるとはいえ、日本でやるより、南米でやるべきだと思っていた。
オカシイのかなあ。
それにしても、涼しくなってきたなあ。
普段は翌朝のアップだが、繋がってる間にアップします。
乱筆乱文、失礼。

10月1日
今日は、いい天気である。
しかし、昨日からネットが繋がらない。
雨になると時々、ルーターがグレるのだ。
そして、腰痛と風邪。
食欲も酒欲もない。
といいつつ、飲んでいるが。

それでもなんとかというか、やっと部屋を片付けた。
冷蔵庫の中も整理。
9月25日が消費期限の生揚げが入っていた。
けんろり忘れていた。(モッタイナイなあ。)
確実に飲みすぎているなあ。

オーダーのプリントを郵送。(チャリもキツイなあ。)
友人から頼まれたプリントのベタ探し。
35ミリを焼くのは、何年ぶりだろう。
次に雑誌に送るものの構想。
とにかく撮影依頼がないので、原稿料は重要なのだ。
(酒税と煙草税も払わないといけないしね。)

写真雑誌にこだわっているわけではないが、
どうしても写真雑誌になってしまう。
一度サンデー毎日に掲載されたことがある。
ポンカメ、アサカメに較べて、週刊誌の部数は多いが、
原稿料はたいして変わらなかった。
(写真誌にもギャラのランクがある。週刊誌のランクはわからないが。)
それにしても、作品を発表出来る媒体が少ない。
(私が知らないだけかも知れないが。)
昔の写真学校は、報道写真志望の若者が多かった。
今は、生徒自体が少ない。

と書いた所で、ピンポ〜ン。
「DAYS JAPAN」から写真と雑誌が届いた。
「DAYS JAPAN」は、総64ページで820円だった。
写真は、悪くない。サイズも大きいし、広告も少ない。
しかし薄いなあ。(グラフだから仕方ないか。)

迷ったが、書く。
実は、私がこの雑誌を見たのは、今日が初めてなのである。
この雑誌の存在は、友人から聞いて知った。
編集部の住所は、ネットで知った。
そして、作品を送った。
つまり、一度も実物を見たことがなかったのだ。
(そのくせ、ギャラの心配をしていたのは、自分でも厚かましいと思うが。
ちゃんと振り込まれます。)
DAYS JAPANをバカにしてるわけではない。
私は、写真というより、アートが好きなのだ。
(一番好きなジャンルは、作曲だしね。)
ちなみに、見たことない写真雑誌に持ち込んだことも、3度ある。
(それらは、ボツだった。笑)
そして、他の写真雑誌の立ち読みさえ、、、しない人なのである。

さらに、書こう。
アサカメ10月号の作家紹介の文章は、担当が書いた。
今までは自分で書いていたのだが、変わったようだ。
しかし、オモシロかった。
<近年は手をレンズに見立てて撮影した「HAND HOLE」や、
撮影機材を使わず油揚げを引伸ばし機のキャリアに挟んで、
プリントした作品「AGE」など、従来の写真表現の枠を越えた
製作活動をしている風間さん。今回の作品は・・・・・>
この文章は非常に嬉しかった。
以前、「風を映した街ー井の頭公園ー」を編集部で構成した時、
「AGE」を編集長にも見せた。
評価はしてくれたが、ボツになったからだ。

「ウチは花鳥風月だから。」というのがボツの理由だった。
出版不況の折り、説得力のある言葉である。
しかし、その言葉で、写真のスタンスを諦めたのも事実である。
そして、私は、編集長より、担当の方が好きだ。(なにしろ、美人なのだ。)

未発表の作品は、結構ある。(HPにアップしていないものもある。)
長崎の軍艦島や島原の普賢岳、そして水無し川を撮ったもの。
不必要なダムの街と、その地区の祭り。
原爆ドームや「MINAMO」もある。

そして、「AGE」や「FOOD」、「FACE」。
これらは、写真雑誌では駄目だと思う。
美術雑誌は詳しくないが、そっちに持っていこうと思っている。
「東京裏がえし」は、ポンカメで預かりの段階だが、
一般的な雑誌での連載が希望だ。
私はカメラマンや写真家には、向いていないと思ってる。
撮りに行くのは、重くてメンドクサイし、作品しか作れないから赤字になる。

「DAYS JAPAN」の自分の文章を改めて読んだ。
ダムのことも書いてあるし、硬派で真面目だとも思う。
しかし、実態はロクでもない酔っ払いで、結婚も出来ない。
夕張時代から、カメラを質に入れて飲んでいた。
一応、真面目な写真も撮るけど、人間性とは別物です。
期待しないで下さい。

テレビでやっていた。
トマトの美味しい食べ方。
それは味噌汁。今度やってみる。