武蔵野日記 2007年3月
3月31日
曇り。
桜は咲いているのに、曇りなのである。
明日も咲くだろうが、天気が悪い。おまけに搬入である。
明後日も咲くだろうが天気が悪い。靖国撮影の予定日なのに。
桜の花ってどれぐらいもったっけ。マジで心配している。
焦るな〜と言っても、焦ってしまう。
土日の天気が悪いと焦るよね。
昨日の風で落ちた花びらを見たらもう、気が気でないよ。
それに、桜の撮影のために写真展を見にいけないかもというメールもいくつか。
私がこの間撮ったポジが上がってくるのは3日である。
15カットそれぞれ、撮り方が微妙に変えてある。
それも早く見たい。こういう時はデジだといいよねえ。
今日は9日から15日までルーニーの向かいにあるニエプスで写真展をする
佐藤路子さんがRCを2枚買ってくれた。
私が公園でやっていたことは知っていた。
そして、公園に買いに行きたかったと嬉しい事を言ってくれた。
更〜に、私と同じ日時でやれたら、客も増えて良かったんだけどと言ってくれた。
嬉しいねえ。
ただ、これは私も思っているのよ。
私のやる3〜8日は、桜の撮り頃だし、選挙もある。
向かいで写真展がやっていたら、そこ目当てのお客さんも私の所に流れてくる。
だから、私も残念。
ぜひぜひ、佐藤さんの展示も見に行ってあげてください。
白岡順さんが来た。
挨拶をしたのだが、、、どこか変。
更に、展示してある写真を見て、「これ、風間さんの写真?」
「???いえ、私は来週からです。」
展示されている写真は、他の人の写真であるし、
当然、夕張は写っていない。
来てくださったのは嬉しいが、それにしても白岡さん、うっかりし過ぎです。
それでも、展示者の泉原さんのをじっくり見てくれ、アドバイスをしてくれた。
泉原さんも喜んでいた。嬉しい。
明日は12時から16時までルーニーにいる。
その後、展示の入れ替えである。
「夕張」を東京で初めて展示する。
非常に楽しみである。
基本は水戸でやった物だが、生、活、解、終を表すもので、
壁に合わせて、臨機応変の展示なのよ。
展示は期間が終わると消える。
私は貧乏性と言うか、マンマの貧乏人だからモッタイナイと思っている。
で、それゆえ、展示作品はドンドン撮って下さいと張り紙をする。
遠慮なく、ネットやブログで流してくださいとやる。
お客さんにも楽しんで欲しいし、東京近辺以外の多くの人に見てもらいたいからね。
それに久しブリブリの展示。燃えているよ。
トークショーと言うか、懇親会の話も考えていた。
私は協会の授賞式で「今後も頑張りますので、今度も賞金の出る新人賞を下さい。」
と平気で言う男である。(他の賞は名誉賞で賞金は出ない。)
写真の会しょうの授賞式でも、笑いを取ることしか考えていなかった。
(それゆえ、鳥取では喋らせてもらえなかったのだ。)
で、やっぱ、前向きに楽しく話したいと思っている。
また、普通他人のパーティーではファイルを持っていくことはマナー違反と
されているが、懇親会の後のパーティーでは写真を見せ合って欲しいと
思っている。遠慮なく持って来て下さい。
3月30日
腰は何とかもっている。
朝は曇り空で諦めていたのだが、昼前に晴れてきたので645を持って、
桜の撮影に出た。平均すると7分咲きぐらいか。
ただ、近所の玉川上水沿いは電線が多く、狭いので引きが取れない。
近所の公園で1本15枚を撮った。レンズは80と150ミリで良いかな。
もっと撮りたかったのだが、条件の良い木が見つからなかったのだ。
やはり、桜の名所と呼ばれる所に行かないと駄目なようだ。
井の頭公園も考えたが、あそこは池がある。自分の撮り方には不都合である。
それに、アーティストの敵の井の頭公園でもある。
有料だが、やはり新宿御苑の方が確立が高いだろう。
ただ、あそこは時間制限があり、夜は入れないらしい。
御苑の昼をカラーを撮って、午後ルーニーに行き、帰りに井の頭で夜桜の撮影。
だが、昼と夜ではカメラが違うのだ。普段でも67と645の2台を持つことは厳しい。
しかも、写真展の時は12時からいたい。
根性で撮っても、酒を飲む時間がなくなるのではないか。
たとえ、酒を我慢出来たとしても、体がもつようには思えない。
おまけに、靖国の撮影もある。
やはり暖かいせいかルーニーの前の花壇でチューリップが咲いていた。
しかし、午後から風が強くなった。桜の花は大丈夫なのだろうか。
この週末の天気は悪いと言う。不安である。
筑波から徳島に移るTさんがRCを5枚買ってくれた。
徳島は田舎なので、こっちに居る間にマスコのタンクを買ってきていた。
マスコのタンクは定評がある。
まあ、マスコでも現像ムラが出るという人はいるが、かなりのマニアだと思う。
私は人間の作った物に100%完璧な物はないと思っている人間である。
マスコは私も使ったが、正直言ってわかんない。
テスト(同じモノを一杯撮って、他のタンクと比較)をしたことがないのだ。
多分、マスコの性能はムラ面においては、良いのかも知れない。
しかし、私は使いこなせなかった。
マスコは指の短い私には使いづらいし、キャップがあまりにも外しづらいのよ。
もちろん、液もかなり食うし、、、、
で、蓋とキャップがプラのISEを使ってる。
でも、根本的には粒子やムラのウンヌンより、
どういう平面作品を作るのかが大事だと思っている。
だが、今後の事を考えると、今の内にマスコタンクを買っといた方が良いとも思う。
地方の場合、紙や薬品の入手が難しいという。
私も夕張にいたので、よくわかる。
市内の写真屋さんに頼んで買っていた。原価なのよね〜。
札幌にヨドバシやビックカメラが出来た頃、行き付けの写真屋も夕張に見切りを
つけて店を閉まった。
いや、今や東京でもつらい思いである。
あるメーカーが銀塩系を辞めると言ったら、株価が上がったそうだ。
作家は本当の意味の先進国でやった方が良いと思う。
今後も暗室関係は厳しくなるだろう。
しかし、デジ全盛ゆえ、ネット等で引き伸ばし機が安く入るチャンスである。
ラボから高級伸ばし機をもらったお客さんもいた。
私は今のデジが順調に進むとは思っていない。
そういった場合、銀塩に戻る風潮があると思う。
その時では、銀塩の伸ばし機は物凄い高い値段になっているのよ。でしょ。
Tさんにお土産にゲッコールを40リッター分いただいた。
大感謝である。
讃岐うどんを食って、頑張って欲しい。(本当に安くて美味いのよ。)
ルーニーオーナーと話していた。
彼は私より10歳若い。しかし、東京にいて、バンタンでも教えている。
学ぶべき物がある。
ブライダルや写真学校の話を色々した。
私は根本的に疑問に思ったことがある。
写真学校って、就職のための学校か、写真芸術のための学校か。
写真学校での求人はブライダルが多いという。
私の娘分もそうだし、著名な人もバイトでブライダルをしている。
しっかし、みのもんたが早朝から怒鳴らなくても、少子化でしょ。
ブライダルは安定した職業ではないでしょ。
写真学校だけでなく、高校や大学の写真部は女の子が多い。
女って真面目だけど、切られやすいと思う。
男は、嫁や子供がいてのパターンだが、
女性の場合、亭主がいる場合が多いだろうし、切りやすいと思う。
ニッコール年鑑の大西さんの写真だが、アメリカではなく、
お台場のテーマパークでのセルフポートレートだった。
やられちまった。
3月29日
朝起きると腰痛。
ルーニーに行くのは諦めた。
写真展の前である。
非常にマズイのである。 というか、不吉な予感。
煙草も切れたし、どれだけ歩けるかテストがてら、駅に行った。
ゆっくりとしか歩けない。
それでも、三鷹市場のイカフライを買おうと南口まで行った。
そしたらなんと、玉川上水沿いの桜がほぼ満開ではないか。
とはいえ、この腰である。どうしようもないのだが。
しかし本当に、展の前の腰痛にはまいる。
おまけに、桜と靖国の撮影がある。
桜は来年も撮れるが、それでは雑誌に載るのは再来年になるのよ。
(アドバイス。桜の時は多くの人が写真展より、撮影に行くと思う。
この時期と選挙の時は、絶対に写真展を開かない方が良いと思う。)
内地の桜を初めてじっくり見たのだ。
目の前の桜は本当に美しかった。見ているだけで涙が出そうになった。
しかし、物凄く不安になった。
作品に出来るのだろうか。
今月号のキャパで長野さんが、富士と桜と京都は撮るのではなく、
撮らされてしまい、写真にするには難しいというような事を書かれていた。
内地の桜を撮るのは初めてだが、その意味が物凄くわかった。
私の今考えている3つの撮影方法で、桜に勝てるのだろうか。
単なる変化球(技法をさらすだけ)で終わるのではないだろうか。
シンプルイズベスト作戦もある。
しかし、著名な桜を最高のタイミングで撮れたとしても、
本物の方が力があるだろう。
まあ、それを言っちゃあ写真は成り立たなくなるが、
正直言って、自信がなくなった。
ポストから、大きな包みが落っこちそうになっていた。
小さな集合ポストに入れる前に、はみ出すのはわかるであろう。
ヒルズのような高級コーポは、各ドアに新聞受けがある。そこに入れるべきである。
郵政民営化というのは、もうされたのかしらね。
大きな封筒は、ニッコール年鑑と注文した名刺だった。
私も招待作家として「星の啼く街」が年鑑に掲載されているのだが、
ハードカバーで立派な本である。
招待作家は29人だ。大西さんの写真が良かった。
身贔屓でなく、やられた〜と思ったもん。
大西みつぐと言えば、下町の鮮烈なスナップショットでしょ。
(固定観念はよくないけどさ。)
それが、なんとアメリカのガソリンスタンドでのセルフポートレート。
やられちゃったって感じです。
竹内万里子さんが2006年写真会の動向という文章を年鑑に書いていた。
私の名前も書いてあった。
昨年の受賞は地味なドキュメントが多かったという。
確かにそうだ。
しかし、内山英明さんと石川直樹さんはダブル受賞と書いてあるのに、
私はトリプル受賞って書いていない。
写真の会と鳥取に悪いだろう。ねえ。
竹内さんというか、万里ちゃんと東川で初めて会った時の私の第一声は、
「独身ですか?」だったし、ペンタ展や写真の会展の時に来てくれた時も、
「誰か嫁さん紹介して。」だったから、仕方ないのかも知れないが。
写真協会主催のパーティーで石川さんに会ったことがある。
しかし、会った印象はごく普通の青年で戸惑った。
石川さんと言えば、世界の五大陸の最高峰に最年少で登った人だ。
エベレストだぞ、エベレスト。
こちとらあ、駅の階段でも苦労するのによ。
しかし、石川さんの体型は普通の人に見えたのよ。
まあ、もちろん、服の上からだけど、エベレストは想像出来なかった。
伸びそうな人である。
3月28日
8時頃から起きて仕事。腰以外の体調は良い。
ルーニー展の準備はすべて終わった。
展示文のノリパネ作業。やはり1枚ミスをした。
どうも、性格がガサツすぎる。
まあ、あとは1日に運ぶだけだ。
問題は重さである。紙というのは結構重いものである。
半切200枚と言ったら、ズッシリくる物である。キャリアカートで運ぶつもりだ。
宅急便も考えたが、トラブルが起きた場合困るのである。
額の20枚くらいなら、1人で何とかなるが、ピン張りの200枚だと貼るのも
難しいし、数人のお手伝いさんが必要になる。
万一届くのが遅れたら、数人の人に明日もう一度来てね。
なんて言えるわけがないのだ。階段も頑張ろう。
スピーチの構成を考えていた。
HPに載せれない面白い話をしたいと思っている。
そして、私はお客さんにかなり話をフルつもりである。
そのことによって、お客さんの事を他のお客さんに知ってもらえるのだ。
それにより、懇親会の後の飲み会では、話しやすく楽しくなるでしょ。
で、多くの友人が出来るという事である。
普通のオープニングパーティは、作家とお客さんが少しづつ話ているだけで、
お客さん同士が、話せないと思うのよ。
これじゃあ、お客さん達になんもメリットも無いじゃん
ぜひ、トークショーに参加ください。
みんなが暖かくなって帰れるように努力します。
ぜひ、ルーニーまで申し込んでください。
今日も写真は売れなかった。
う〜ん、ヒルズにも家賃があるし、借金もある。
で、無料配布の求人誌を見ていた。
まず、45歳以下と言う条件が多いのが、46歳の私にはショックだった。
写真展もあるので、自由な仕事が良い。
一番自由そうなのは、私が嫌っているポスティングの仕事であった。
運動にもなり良さそうなのだが、新聞の折込だって1枚3円ぐらいなので、
大変だろうなあ。
あと、新聞配達。寮完備ということは私がそこに泊まって、
ヒルズ全部を暗室に出来るメリットがある。
それに、年2回の賞与があると書いてある。
(私は賞与を貰ったことがなく、マジでサラリーマンを羨ましいと思っている。)
おまけに、御、丁、寧、に、も、人生をやり直したい方に最適とか書いてある。
あと、校内での教科書販売も面白そうだ。時給は800円台で安いのだが、
東京女子大の店である。
もちろん、男子学生はいないだろうし、みな若い女の筈である。
一番面白かったのが、
未経験からOKな陶芸社員ってのがあった。
社員は9〜22時(週1休・シフト制)16万以上。
おまけにここも寮がある。それにしても陶芸社員と言うのは初めて聞いたが、
陶芸教室の運営をするそうである。
陶芸講師のアルバイトも募集していた。
こちらは3時間3500円の時給である。
おまけに、会社名が良い。
ひだりまき工房だ。
しかし、写真集を出してくれない大手の出版社は時給にするといくらなのか。
3月27日
室温は液温と同じ?20度なのだが、寒気が酷い。
このところ、寒いしね。
桜は展の時に、咲くかも知れない。
忙しくなりそうで、チト不安である。
ルーニーに行ったのだが、調子は悪くノーパソも忘れた。
今日は新しい人の展示である。
泉原良英(よしえ)さんの「キレハシ」である。
キレハシの意味は、文字通りフィルムのキレハシである。
つまり、0とか00番に写っている映像の中から、イメージに合うものを
展示してあるのだ。
しかし、名前で2週続けて、男性だと思い込んでいた。
私がルーニーに着く前に、大西さんが来ていたそうだ。
氏は本当によく人の展を廻っている。
写真家は多忙なせいもあり、見ない人も多いし、
私には絶対に出来ない。照れくさいが尊敬している。
私を含めて、写真集を出せない貧乏人は少なくない。
賞の選考委員というか会社は、写真展も受賞対象に入れて欲しい。
そして、もっと見て欲しい。(地方の展の問題もあるが。)
受賞選考会ってのは、私にはどんなものかわからない。
ただ、主催者がリストアップした写真集をパラパラと見て、選ぶのなら哀しい。
今日はカキ鍋である。
寒気が凄いのである。
と言うか、本当は昨日出す料理だったのだ。
蟹だけで足りない場合を考えて、鍋の用意もしていたのよ。
でも、蟹とイカフライ等とフルーツ等で間に合ったし、
話に熱中していた。で、蜆も作らず。
(今日、作ったが、蜆は肝臓に良い。酒飲みには最高の酒の肴だと思う。
個人的には蜆を干したものが、体に良さそう出し、面倒くさくなく、
歯ごたえもあり、大好きだ。)
会話は楽しかったし、久し振りの毛蟹は本当に旨かった。
私は北海道に20年いたが、内陸部だったのでそんなにカニ類を食っていない。
夕張ではメロンは獲れても、蟹は獲れない。でしょ。
(旅をしている時は、自分で仕掛けを作って獲って、食いまくっていたが。)
いくら北海道とはいえ、内陸部では高いのよ。
内地からの客が来た時は、買ったこともあるが、
夕張で売っている毛蟹以上のどっしりした重みで、本当に旨かった。
味は好みがあるだろうが、濃厚さで毛蟹にハマリそうである。
まあ、こんな高い物はそんなにというか、、、買えないけどね。
一つ、アドバイス。
生の蟹は痩せている場合が多く、冷凍モノでも浜ゆでの方が旨い場合が多い。
また、脱皮の関係で獲れた日(月齢に関係する)によって、スカスカの蟹もいる。
私は生きていても、スカスカの蟹は絶対に買わない。
蟹を買う時の決め手は、重さです。必ず手に持って下さい。
そして多少高くても、ズッシリくるやつを買って下さい。
安いのを2杯買うより、その方が絶対に後悔しません。
痩せた蟹は身の量の少なさだけではなく、香りや旨味も無いのです。
つまり、満足感が違うのです。保証します。高くても重い蟹を薦めます。
ちなみに、昨日の毛蟹は持っただけで、味がわかりました。
Aさん大感謝です。
私は固いものが、かなり好きである。
アマエビの場合、殻を剥かないで、頭部だけを外してそのまま食っていた。
(カルシウム一杯で、体にも良さそうでしょ。)
蟹の甲羅や身以外の脚を、美味く食う方法はないかなあ。
久し振りに春菊も食った。
このところ、水菜ばかりだったからねえ。
懐かしいし、苦味が新鮮に感じた。
メールが来ていた。
「夕張」展を夏頃、札幌で企画したいと言う。
経費は出してくれるという、有難いことである。
さすがに、サイン会だけは勘弁して欲しいが、意義も非常にあるし、
言いたい事は一杯ある。
期間は2週間。
個人的なことだが、友人達とも会えるし、若い衆達の写真も見れる。
金魚の世話だけが心配だが、長期旅行用の固形の餌もあるので、
2週間居続けていようかと思っている。
というか、
私は展の会期中は本人がいないと駄目だと思っている。
私はDMを貰っても、人の展に行く金も時間もない。
だから、時間と金を割いて来てくれる客に悪いと思うのよ。
とエエカッコを言ったが、
「夕張」が出た時、紀伊国屋札幌店のギャラリーで2週間展示した。
その時は、寿郎社の床にダンボールを敷いて寝ていた。
ソファーもあったが、かえって腰に悪く、床に寝ていたのだ。
大きなビルなので暖房はあったが、将来像を考えてしまった。
水槽の蜆は今日も生きているが、、、、やはりあまり面白くない。
今日も写真が売れなかった。哀しい。
3月26日
晴れ。いい天気だがルーニーは休み。
桜もイマイチなので、撮影も中止。
今日は私のドキュメントを撮ってくれている女性が、
蟹を持ってきてくれるので、友人とHPなのだ。
HPと言っても、ホームページなんぞではなく、ホームパーティーなのである。
リッチで高貴な響きがするでしょう。
(武蔵野市は、日本で最も裕福な市なのだそうだ。)
とはいえ、所詮武蔵野ヒルズである。
暗室部分があるので、残りは3畳チョイ。そこにパソと水槽が載った木製の机。
収納とベンチを兼ねた手作りベッド。自由な空間は1畳程である。
リッチで高貴とは言いづらいし、それ以前によくやってる宴会なのである。
とはいえ、久し振りに片付けと掃除をした。
酒を買いに隣町のドンキホーテにチャリで行く。
ドンキはかなり安いし、健康のためでもある。
それに、玉川上水沿いの桜並木の様子を見たかったのだ。
やはり、まだ早かったけどね。
東京に来たのは去年の今頃で、不動産屋を廻っていた。
(家賃の希望を言うと、お子さんの部屋ですか?と言われ、
年齢と金の無さのダブルパンチを喰らって、マジに不動産屋が怖くなった。)
それにしても暖かくなったし、桜はやはり美しい。
都知事選のポスターが4枚だけ貼られていた。
う〜ん、あっそう。てな感じのポスターだった。
平凡だが、石原さんのが一番パワーを感じた。
ラーメンを作って昼寝。
今日は暖かい。窓を開けて寝た。
花粉の影響は少ないようだ。桜を撮りまくるぞい。
その後、吉祥寺のユザワヤに買出し。
ルーニー展で使う物と、絵の具とカンバス、絵筆を買いに行く。
チャリでも行けるのだが、文章を張るノリパネも買うので、
折れたらまずいというわけで、電車で行った。いつも荻窪までの切符を
買う癖があるせいか、130円の所なのに150円のスイッチを押してしまう。
(もちろん、帰りは注意した。)
一番気に入った布が、2m位しか残っておらず、
2番目に気に入った物を5m買う。さて、どんな色でしょうか?
ルーニー展、見に来てね。
帰りに三鷹市場に寄った。
毛蟹とズワイガニだけでは寂しいので、
イセエビとアワビ、米沢か松坂のロースの良い所を探しに行ったのだ。
しかし、三鷹市場は都心のデパ地下と違って庶民的なので、
あまり良い物はなく、仕方なく、
仕方な〜く、イカフライとメンチカツと本日の特売の鮭フライを買った。
ついでに、安かった蜆も買った。
蜆は砂出しして、ゴマ油で炒めるのよ。
それに、酒と醤油をかけるだけ。
爪楊枝で、食べるので面倒だが、簡単で美味しいよ。肝臓にも良いらしいね。
(奥様方に教えます。写真をやっている人間って、酒にだらしがないのが多いでしょ。
蜆は砂だしをした後、冷凍してください。その方が栄養分が出るという。
夕張にテレビがあった時代、みのさんがお昼に言っていたよ。)
その後、HP(パソコンではない。)の来客のため、
金魚の水槽を掃除した。
写真やアートも大事だが、やはり見て欲しいというか、見せびらかしたいのだ。
金魚って生きている美術品だもんね。
しかし、この作業は私にすれば、結構な重労働。
この所、腰の調子も良くないし、、、で、ギクッと来た。明日が怖い。
しかし、金魚と写真。
かなり共通の道具を使っている。
水換えには、4リットルのカップを使うし、水洗には濾過機のモーターを使っている。
AGガードの前の、最終水洗にカルキ抜きを使えないだろうか。
(化粧品にハイドロキノンを使うぐらいだもん、イケルと思うのだが。)
金魚は高級な犬猫に較べると、綾瀬はるかに安い。
そして何より、大きな店に行けば、数百匹の中からお気に入りの一匹を選べるのだ。
熱帯魚もキレイかも知れないけど、個体差はそんなに無いでしょ。
それに、世界に冠たる日本の錦鯉は、マンションやアパートでは飼えないでしょ。
高級ブランドでなくても、金魚には美しさがあるのよね。
また、長期旅行用の固形餌もあるし、飼い易いのよ。
十数年は生きるし、結構、飼い主を見て、反応するよ。
それに、なんと言っても美しい。写真家やアーティスト向きだと思うのだが、、、。
それにしても、残り餌掃除のために入れたドジョウ達は丸々と太り、デカクなった。
今度、試しに食ってやろうかと思う程である。
今日は蜆も買った。
蜆って、淡水や汽水域で取れる物なのよね。
つまり、というか。
そういうわけで、10個ほどの蜆が机の上の60cm水槽の中に居るのよね。
一応、生きているようで、白いベロを出している。
しかし、、、、あまり面白くない。
携帯が鳴った。
机の上を探した。シャツのポケットの中にあった。
水槽の水換えで疲れたせいか、ボケている。
3月25日
雨の日曜。ルーニーには、雨は関係ない。
今日は搬出日で、午後4時までだから、12時から出た。
しかし、春のせいか居眠りをして、荻窪を乗り過ごしてしまった。
海の生物を撮っている人と話した。
プロの人はアシスタントを使うという。
プロがアシスタントを使うのは何もおかしくないし、ごく普通のことである。
しかし、アシスタントが海中にいる姿は想像出来なかった。
眼から鱗だった。
ちなみにこの人は、アフリカの方まで行っている。
イワシの大群を見たそうだ。まあ、大群と言っても所詮イワシである。
(最近は高級魚であるが。)
しかし、そこにイルカなんかが襲ってくるのは、凄い迫力だったという。
おまけに、海鳥も。
海鳥が水中に突撃して餌を取る事は知っているが、
水中で鳥を見たら驚くだろうな。
岩合さんの写真だと思うけど、イカが空を飛んでいる写真を見たことがある。
あれには驚いたし、その一枚の写真で岩合さんの名前、覚えたのだ。
(ちなみに、夕張の家の中には、野生のエゾテンが出没していたし、
キノコも雑草も生えていたが、私はそういう普通の事は撮らなかった。)
車椅子のお客さんが、山本さんの展示を見に来た。
ルーニーは1階にあるので入れるが、意外に車椅子の人が入れない
ギャラリーがあるのではないだろうか。
もちろん、自主ギャラリーは古くて安いテナントに開業するしかないのは、
わかっているし、現時点では仕方がないと思う。
しかし、メーカー系やお金のある所は、バリアフリーの思想を入れて欲しい。
ガラにもなく、真面目でしょ。
でも、本音なのよ。私は腰痛持ちでしょ。
だから私にとっても切実な問題なのよね。
更に考えて欲しい。
腰が悪い人の場合、内臓が悪い場合も多い。
で、トイレに行く回数が多くなる。
腰痛持ちにとって、和式のトイレは本当に厳しいのよ。
(ギックリになった時なぞ、本当に和式は地獄ですだ。)
公共性のある場所は、トイレも考えて欲しい。
展示をしている山本さんの旦那さんはスタジオを経営している。
で、面白い話を聞いた。
現在はデジタルでないと、仕事にならないということは誰もが知っているだろう。
しかし、東京より大阪の方がデジタル化は進んでいるのではないかという。
出版社は東京に集中しているので、その言葉を私は信じられなかった。
しかし、「大阪の人間はケチやさかい。」という一言で、完璧に信じた。
全国のみなさんも納得したでしょ。
搬出の手伝いに来ていた若者と話す。
北海道生まれで、京都の大学に行っていたそうで、
山本さんのワークショップに通っていたそうだが、
私の弟子と友人であるという。世の中、本当に狭い物である。
明日は晴れると言う。しかし、桜はまだポツポツっという感じである。
明日は撮影に出ようと思っていたのだが、桜はイマイチのようだ。
3月24日
写真集を出している出版社へDMと手紙を送る。
いずれ営業に行くが、写真展を見に来て欲しい。
とにかく、2冊目を作りたいのだ。
電車の中で桜の撮り方を考えていた。
昼間は645でカラーで撮ろうと考えている。
で、67で夜も撮ろうと思った。
今回はストロボも併用しようと思っている。
と、ここまで考えて気がついた。
私の67はストロボと相性が悪いのだ。
もう一台の67は、、、、若い人にあげたのだ。
(記憶容量の少なさは本当に凄い。昨日はルーニーに行く道を間違えた。)
いくらなんでも、カメラがなくては撮れないわな。
これでもメンツがある。返してくれとは口が裂けても言えない。
待てよ、マミヤプレスがあったぞい。あれだと6X9も使えるしね。
とはいえ、6X7と6X9では、イメージがまったく違う。
う〜ん。悩んだ一日であった。
で、ケツから撮ることにして、6X7に決定。
ケツから撮るというのは、その写真を何に使うのか、どう使うのかによって、
フィルムサイズや機材、撮影方法を考えるという私の造語です。
とはいえ、本州の桜は20年ほど見て居ないので、
どんな物になるのか、正直言って自信がないのだが。
マミヤプレスは古くて、重いカメラだが、
フォーマットを変えられるという事や、1台でモノクロとカラーの両方が撮れるという、
本当に実践的なカメラなのだ。
私は遺伝子組み換え食品を食べない方が良いと書いた。
以前も書いたが、、、あ、ら、た、め、て、凄い事も、書いてやろうじゃないか。
夕張の隣に長沼町というのがあり、
そこの一農家が遺伝子組み換え大豆を作ろうとして、
道内や全国の農業関係者の間で、大問題になったのだ。
この農家は、収益や後継者のことを考えると、遺伝子組み換え大豆で、
作業を少なくするしかないと言う。
輸入作物が多いので、この意見自体はマッタクモッテ正しい。
しかし、周りの農家や農協、道は風評被害を恐れてやめさせようとした。
遺伝子組み換えは安全の問題も指摘していた。
長沼で会議が行われた。
そこにアメリカの農家がやってきた。
この人は虫がつかない大豆を作っていたそうだ。
しかし、自然である虫には勝てなかったそうだ。
で、結局以前の2、3倍の農薬を使うことになったという。
遺伝子組み換えは農薬多いんだよ〜。注意してね。
と、ここまでは以前も書いた。
ここからが、更なる怖い話である。
この話は海外で仕事をしている人で、公園で親しくなった人に聞いた話である。
この遺伝子の種子を作っている大手の会社はアメリカの会社である。
そして、この会社はベトナム戦争の時に枯葉剤を作っていた会社だという。
そして、その製品を先進国と言われていない国に広げているそうだ。
遺伝子は色々操作できるそうだ。
この種から育った作物から、タネが取れないようにすれば、
ずっとこの会社の種を買わなくてはならない。
新しい植民地政策のようなもので、まあ、アメリカっぽいよね。
なにやら、恐ろしいでしょ。
この事を教えてくれた人は、「夕張」を見て、私を気に入って教えてくれた。
国際的なルポルタージュになるぞとね。
しかし、私は体や経済的な問題で、これらの写真を撮れない。
やる気のある人は、このテーマを撮って欲しい。
人間にとって、こういう静かな原爆は許せないもん。
情報をくれた人も紹介するよ。遠慮なくメールを下さい。
ルーニーに行ったら後藤元洋さんがいた。
メールのやり取りはしたことがあるが、会うのは初めてである。
後藤さんは学生の時に夕張に行ったことがあるという。
93人が死んだ大きな事故の一年後だそうだ。
また、後藤さんは横浜の生まれ育ちなのだが、3期やった前横浜市長は
夕張出身なのだ。不思議な縁である。
雑誌で見たが、フジフォトが写真家の作品をネットで売るという。
正直言って、私も扱って欲しいし、金も欲しい。
しかし、考えることもある。
私が最初にHPを作った時、私はパソコンを持っていなかった。
(パソって、クレジットカードがないと、ネットも見れないと聞いていたし、
買う金もなかったのよ。)
で、アントレっていう雑誌を見て、HPを格安で作りますと広告の載っていた各社に
FAXしたのだ。そして、認めてくれた所に文章と写真を郵送していたのよ。
それが私の最初のHP。
(もちろん、家にはパソがないので見れるわけがない。
人の家に行って見ていたのよ。)
フジって大企業でしょ。
初期の頃から、パソコンは持っていたと思うのよ。
それに、風間と違って頭のイイ人は一杯だと思うのよね。
今になって、ネットで写真を売るなんて、かんなり遅くねえか。
ネットでの写真販売はコニカでは、確か10年近く前にやっていた。
ポシャッたようだが、現在では素人でも、HPで写真を売っているのに、
今更、フジが、、、。(そう思わない?)
そして、フジが扱う作家は既に、評価の得ている著名写真家ばかりである。
今更、、、。
フジは大企業なのだから、メセナとしても、
若い写真家の作品を販売と紹介すべきだと思う。
私の言っている事、違う?
それにしても、定着液が4Lの液体になるので、マジに困っているのだ。
今日は北海道の知人がバライタ1枚、浅草の友人がRCを4枚買ってくれた。
嬉しかった。
写真が売れるという事は、自分を認めてくれたって事になるのよ。
みんなも展の時は値段をつけた方が良いよ。
そして、アチコチというか、行き付けの飲み屋とかに写真を置かさせてもらえば
良いと思う。多くの人が、そういう行動をとれば、写真の売買が数百倍の
スピードで、認められるよ。
そうすれば、写真家が、作品だけで食え、良い作品が増えるし、
写真家志望の人も増えるのよ。まず、行動しましょうよ。
小さな個人でも、集まればデッカイものを動かせるんですよ。
写真や芸術やろうぜ。
フェラーリ買うより、芸術やってる方が贅沢なんだよ。
帰りに、三鷹市場による。惣菜の半額目当てである。
今日は土曜のせいか、惣菜の半額市はまだやっていなかった。
定番のイカフライと100円引きのサザエを買う(一個あたり、100円になるのだ)。
レジで金を払う。
その途端、またしても、「今から半額ですよ〜」の声。
ったく、もう。
3月23日
三鷹駅前でヒゲを剃っている人を見た。
まあ、私も男だからヒゲを剃るし、電車の中でヒゲを剃っている人もいるだろうし、
電車の中で化粧する女性もいるだろう。
路上で煙草を吸ったら条例違反だが、ヒゲ剃りは条例には引っ掛からないし、
誰にも迷惑をかけない。
しかし、この男性は充電式の髭剃りではなく、T字型のカミソリで剃っていたのだ。
泡や水もなく。
痛いだろうと思うし、わざわざ目立つ場所でやらなくても、、、。
しばし、立ち止まって見ていたのだが、世間は広いと思った。
オーナー奥さんに、芋がらの煮物の礼を言って、野菜談義をした。
(芋がらの正体を知りたい人は、ルーニーに来て下さい。)
私の拙いHPを見てくれている人のためにも少し書く。
無農薬と減農薬は似ている。
しかし、1%でも農薬を減らせば、減農薬。
農薬バンバンでも、1%でも有機肥料を入れれば有機野菜。
私はトム・クルーズに似ていると書いている。
嘘ではない。
私もトムもキムタクも、眼と耳は二つあり、鼻と口は一つづつなのだ。
多少の配置の差はあれ、似ているでしょ。でしょ。
(って、俺は農薬だらけの人間かよ。)
しかし、先進国?最低の自給率40%の国で、
グルメごっこがブームって、マヌケに思える。
私は北海道に長く居た。
北海道は食料自給率140%とかで、その豊かさを道の広報で自慢していた。
北海道って、元々本州のための食料基地他のため、国費で開拓された所だ。
それが、140%。
つまり、500万人が100%使い、500万人の40%、え〜っと200万人だな。
200万人の余裕しかないのよ。日本の人口を考えて欲しい。
そして、なぜ離農が多いのか答えて欲しい。でしょ。
私は焼酎がメインだが、多くの人は米が主食である。
米専業農家って少ないのではないか。
私の田舎も伊勢平野で米を作っていたが、同級生で農業を継いだのは
聞いたことがないし、新潟コシヒカリでも兼業農家が多いと聞いた。
大丈夫かよ。
食えないと農業やめるよね。
写真も、、、。
話はかなり横道に逸れたが、北海道って、寒いって知っているでしょ。
寒いってことは、害虫も少ないのよ。で、農薬の量も少ないのよね。
とはいえ、胡散臭い部分も一杯ある。
農薬はやはり、やばいので農家は自分の食う部分だけ、
無農薬で作っている人も少なくない。
知り合いの農家に注意された。
セロリは薬が強いので、必ず一皮向いて食え。大根の葉は食うな。
他の野菜もそうだぞと。北海道の農家でさえこれだよ。
ポチ政府と官僚は国民のこと考えてないよ。
というか、辞めれば責任取らなくて良い仕組みだから仕方ないが。
煙草や酒をやってた方がいいでしょ。
根本的な事を書く。
害虫のために農薬が必要だと言われると、多くの人が納得する。
しかし、多くの人は害虫のイメージを勘違いしていると思う。
害虫ってなんだと思いやすか?
害虫は赤痢やコレラを起こす物ではないのよ。
ただ、商品である葉っぱの一部を食って、商品価値を落とす物なのよ。
虫が食える物の方が安全だと思わない?
上辺のキレイさの為に、体を壊したらマズイっしょ。
害虫って害ではなく、健康へのバロメーターでもあるのよねん。
(タイ米の方が体に良かったりして。笑)
それと、遺伝子系ね。辞めといた方が良い。(明日書きます。)
ルーニーもギャラリーなので、タバコを吸う時は外に出て吸う。
今日、バットを吸っていたら、ブルーのスズキ650のバイクが止り、
名前を呼ばれた。
フルフェイスだったし、普段からメガネを掛けていないので、
わからなかったが、ハービーさんだった。
何かの本でハーレーに乗っていると読んだ記憶があったので、
レーサーレプリカタイプのバイクだったので驚いた。
(ハービーさんは、私より10歳上である。)
ベビールーニーで、オーナーと3人で色々話す。
伊兵衛賞のことや肖像権のことが話題になった。
ハービーさんも伊兵衛賞の候補だったと言う。
本城さんの本はすでに30万部も売れていると言う。
この部数は凄い。唖然としてしまう。
私のショボイ情報では、月光浴が10年で15万部が最も売れた数だと
聞いていたので、短期間で30万部って凄いでしょ。
肖像権の問題も深刻である。
私も次の本「光芒なき街」には祭りの人物を載せる予定である。
(写真集が出る予定は、まだなのであるが)
携帯カメラやデジカメは本来シャッター音がしない。
しかし、音が出るように作られているのは、物凄くオカシイことである。
まあ、一部の助平どものせいなのだが。
ソレハサテオキ
あまり肖像権を拡大解釈すると、スナップは海外で撮らないといけなくなる。
そして、日本の町や人のスナップが消える。
で、例えば2007年から2020年の間は、日本の街並みやスナップの写真が
ありませんという事になる。
過敏になり過ぎると、マヌケな結果しか生まないだろうと思う。
ハービーさんに聞いたある写真家の話だが、
朝5時の人々というコンセプトで人物を撮った人がいたそうだ。
で、撮らせてくださいと頼んだのだが、6人に1人しか撮らせてもらなかったそうだ。
今日はルーニーで作業が出来なかった。
多くのお客さんと話していた。
ある若い人は写真集を作りたいと言っていた。
本を作らないと賞の対象にならないという現実がある。
貧乏人には、厳しい。
カメラ雑誌他のグラビアも対象に入れて欲しい。
そこで、目に付いた作品はファイルで取り寄せ、選考対象にしてほしい。
アイドルも含めて、年間400冊の写真集が出る。
全部見るのは大変だろうけどね。
友人TとライターのIもやってきた。
色々話す。
TはあさってNYに行くという。
月600ドルぐらいの共同アパートを借りるそうだ。割と安い。
公園にも来てくれたお客さんだが、タダで海外に行って金を稼いでいるという。
運び屋さんだという。
飛行機とホテルのチケットは会社が用意してくれ、
クライアントから頼まれた荷物を現地の空港で、相手に渡すのだという。
多くは翌日、帰ってくるのだが、アジアは15000円で、欧米は18000円らしい。
ただ、帰りのチケットが都合つかない時は、現地で滞在。
その間に写真を撮れるという。
ただ、何日滞在しても、18000円は変わらないので、金にはならないという(笑)。
都会は面白いアルバイトがあるよね。
展示をしている山本さんの知り合いのようで、竹内敏信さんが来ていた。
すぐ帰ったが、やはりバンダナを巻いていた。
いろんな人が来る。ぜひ遊びに来てください。
ルーニーのワークショップを終わった人と話す。
カメラマンをしているけど、作品も作りたいという。
私の日記は見ているそうだ。
写真を売るということについて話し合う。
私個人が店にアプローチするより、数人の様々な写真があった方が、
展示や販売を考えた場合、店やお客さんにも良いだろう。
仲間を集めたいと思っている。
暗室をやっている人なら、ハイドロキノンを知っているだろう。
最近、それを入れた化粧品が注目されていると言う。
女性達よ、大丈夫なのかよ。
3月22日
今日も朝7時に起きれた。そして、7時半頃から作業できた。
体調の悪い時は、1日1食が多いのだが、午前中に食事を取れた。
腰は相変わらずだが、健康的になっている。
とはいえ、もの忘れの多い一日だった。
ヒルズをでる準備をしていたのだが、携帯がないのだ。
3分ほど前まで、使っていたのだが。
もちろん、家の電話からかけてみれば一発でわかるのだろうが、
なんか、みっともないって思って、、、、10分捜した。
携帯さんは、一生懸命充電していた。
(実は昨日も一冊の本を探していた。いつも見ている金魚の水槽の上にあった。)
駅前のバス乗り場に近郊の桜の名所の案内ポスターが出た。
早く咲いて欲しい。見たい。そして、撮りたい。
とはいえ、撮り方を早く熟成させないといけない。
ファインダーで見たまんま撮るわけではなく、
多重やスローを多用するので、現像してみなければわからない。
フィルム代が非常に掛かるのである。
デジだとその場で、見えるし、消せるから良いよね。
(ところで、デジって多重露出って出来るのかな?)
今日もルーニーに行った。
挨拶をされた。
写真の会賞のパーティーで会いましたと言われた。
が、わからない。相変わらず記憶容量は少ないようである。
Nさんゴメンなさい。
言い訳、その一。
パーティだから、酔っ払っていた。
言い訳、その二。
パーティだから、大勢の人と名刺交換するから。
言い訳、その三。
会費を払ってくれて来てくれたお客さんのために、スピーチを必死で考えていた。
言い訳、その四。
単なる老化。
ただ、彼の名前と作品は覚えていた。似たような臭いがしたしね。
(昨日もパーティで会った人と会ったのだが、顔を覚えていなかった。
名刺等の活字で名前は記憶出来るのだが、、、、顔が、、、。
顔写真つきの名刺が、必要なわけがわかった。)
先日の暗室取材のゲラチェック、少し訂正した。
押し入れにあるのは障子ではなく、襖である。(障子だとかくれんぼ出来んぞ。)
松浦あやは、元モーニング娘。ではない。(時代を活かしたアイドルなんだぜ。)
どんな記事になるのか興味あるでしょ。
そして、
印画紙の月光がなくなったので、オリジナルプリントという言葉を使うのを
やめたのではなく、ゲッコールがなくなったからなのよ。
まだ、ヨドバシで買い占めた在庫はある。
紙の生産中止ばかり注目されるが、液の重みも知って欲しい。
大事なのは、バランスと使いやすさだと思っている。
(写真工業という雑誌の暗室拝見というようなページに載る。
ちなみに、昨日この雑誌を初めて見た。私はカメラマニアではないが、
デジばかりの雑誌より、親しみを持てたよ。
こういう事を書くから、仕事が来ないのだとも思った。
私の暗室が見れます。ぜひ来月御覧下さい。)
今日はひたすら写真展の取材要請を新聞社に書いていた。
しっかし、厳しいのである。そう、選挙があるのを忘れていたのだ。
選挙の時はスペースが少なくなるのである。
「夕張」展は写真関係者だけでなく、多くの人に見てもらいので、
チト困っているのである。
いっそ、私が立候補すれば、展は注目を浴び、客も多いかなとも考えたが、
供託金の問題がある。
それに、いくら誰もが携帯で写真を撮っている時代とはいえ、
写真党と言っても、せいぜい数十票だろうなあ。
公園にもよく来てくれたSさんが訪ねてきてくれた。
多くの写真を見てくれ、RC3枚買ってくれた。
私の仕事をすべて見てくれている大事な人だ。
Sさんと話している時に、若い客が来た。
ギャラリーのスタッフと同じように、こんにちはと声を掛けたのだが、
不思議な顔でこちらを見ている。
「あの〜っこの間、ヒルズで酒を飲んで、6X7をもらったMですが。」
記憶容量の少なさを、またさらけ出してしまった。
ヒルズでサシで飲み、気に入ったので飲みに連れ歩いた。
そして、67をあげて、泊まっていったのに、全然覚えていない。
まあこの程度だというか、40過ぎたらみんなこうなるのよ。
私の日記を見ていて、事情を知っているSさん、大爆笑。
三鷹に着く。
酒が切れているので、途中の東急ストアで4リットルを買う予定だった。
買い忘れを気がついたのは、ヒルズについて料理が出来てからだ。
ある意味、67より重要な焼酎なのだ。
おまけに、忘れぬように電車内で手の甲に、焼酎とペンで書いていたのに。
(これが、本当の手帳な〜んて、、、虚しい。)
今日はオーナーの奥さんに、芋がらを煮た物を貰った。
年齢は知らないが、私より若い女性が芋がら、、、、。
三重では食べた記憶があるが、東京で食べれるものだと思わなかった。
さ〜て、芋がらってなんでしょう。
わかった人は、4月3日からの展にどんどん来て下さい。
この日記は23日にアップしたのだが、
金魚の水槽の上に、50%引きの細巻き1パックが載っていた。
モッタイナイのである。
3月21日
昨日の日記に、私はノーパソが似合う男だと書いた。
しかし、三鷹発の各駅に座った時に、リュックの軽さに気づいた。
ルーニー、二日目にしての忘れ物。
おまけに、まだやっていると思っていた、行かなくてはならない写真展が
終わっていた。ごめんなさい。
昨日は8時に着いて、メシというか、酒を飲んで11時に寝た。
朝は7時に眼が醒め、7時半から事務仕事が出来た。
物凄く嬉しかった。これからは作品づくりもあるので、
このペースで遅れている仕事を頑張っていきたい。
今日はルーニーで、RCが3枚売れた。初めてのお客さんだ。
ルーニーの常連さんだという。
ビルの構造上?ルーニーは多くのギャラリーと違う所がある。
普通はドアを開けて、展示空間に入る。
事務所やバックヤード等は奥にある。
しかし、ルーニーは最初のドアをあけて通路を通り、その奥に展示空間がある。
通路の脇には、スタッフのいる事務所、そして、販売物の置いてある
ベビールーニーがある。(私はそこに居る。)
通路はガラス窓があり、来客の姿が見える。
そこで、スタッフは「こんにちは。」と声をかける。
客が帰る時は、「ありがとうございました。」と声をかける。
明るく、暖かな雰囲気になる。
このお客さんはイオスの5Dを持っていた。
5DはCCDが35と同じだそうで、ファインダーを見ても違和感がなかった。
やっぱり、見やすさが一番だと思った。
私の愛機の67は視野率90%である。注意しているつもりだが、
結構、余計な物が写っている。
この人と話した。
北海道と言っても、場所により天気が悪いと。
苫小牧から札幌、石狩に平地部は風の通り道で、
青い空も白い雲も美しかった。
しかし、その脇の夕張を含めた空知管内は曇天が多く、
撮影出来る日数が限られていた。
北海道の風景といえば、富良野や美瑛の風景が有名だ。
特にラベンダーの咲く夏である。
私は近郊の写真の町東川に、同じ頃毎年行っていたが、
本当に良い天気にあった事がない。
盆地ゆえの熱気で空気がどんよりしているのだ。
鹿児島の話を聞いた。
鹿児島と言えば、桜島。
噴煙はいつも上がっている。
私が旅をした時、雨が降ってきた事がある。
ワイパーを動かしたら、ジャリジャリ言うのだ。ポンコツの車だったが、
ガラスが曇ると危険だなあと思っていた。
噴煙は雨以外の日も降っている。
道路も塵が多いという。で、鹿児島の人は路上等に座らないのだと。
地元の人しかわからないよね。
夕張で出会った写真家のKさんが、やってきた。
やはり、デジになって仕事が減っているそうだ。
今日は展の時に、プレゼントをするポストカードに署名をしていた。
写真の会賞のパーティーの時に、来てくれた写真家とも話した。
ルーニーにいる時間は、公園で客と話しているように楽しいし、
限りなく煙草の量が減っている。
三鷹には7時40分ぐらいについた。
三鷹市場に行って見た。
以前、レジで金を払った途端、惣菜の半額セールが始まった所だ。
期待していったのだが、めぼしいものはなかった。
で、いつものイカフライ。
3月20日
久しぶりのノーパソである。
やはり、私は98のデスクトップより、ノーパソの方が似合う男なのだ。
で、今日は四谷のルーニーにいたのである。
公園と違って雨の心配も、風や埃の心配もない。
それどころか、冬は暖かく、夏は涼しいのである。
そして、なにより、公園と違って、平日も出来るのである。
更にここにいたら、年間数十もの写真展を見ることが出来るのである。
ちなみに、今週は大阪の山本功巳さんの写真展であった。
山本さんは大阪の人で昨年のJPSの金賞を獲られたそうだ。
作品は静物ヌード、旅の風景等を独特の色(セピアと紅茶)をつけたモノクローム。
夕方、本人が来られた。
なんと女性だった。くみと読むそうだ。
学校時代は名前で判断され、男子用の制服が送られたことがあるという。
更に、驚いた。私の大阪の知人と知り合いだと言う。
私の知人は桑島秀樹さんという。
私は雑誌で見た彼の写真が気に入り、借りて東川や札幌で一緒に展示したのだ。
彼のその写真は、ミキサーに水を入れて、その中に金魚を一杯入れたもので、
その時と、スイッチが入っている時と、スイッチを切ったあとの3枚組みだったのだ。
意味がわかりますね?
私は大の金魚愛好家だが、彼の写真も評価しているのよね。
山本さんの写真は4X5とピンホールで撮った写真があったのだが、
このピンホールを作ったアメリカの大学で教えている写真家比嘉さんとも、
一度会ったことがあるのよ。
世の中狭いですね〜と、山本さんと笑いあった。
期間中は東京に滞在して、会場にいるそうだ。
ぜひ、見に来てください。
斜め向かいのギャラリーニエプスでは、
大学生でもある川上修平さんの写真展があった。
バライタのピン張りなので暖房の熱でカーリングが凄かった。
私は以前、金村修さんのバライタを展示したことがある。
いくら、平面処理していても、冬場の暖房ではカーリングが酷いし、
虫ピンの穴は広がるばかりであった。
建物の人に頼んで加湿器を数台動かしてもらったことがある。
ピン張りの場合は、RCでもいいのではないかなあ。
(確か、展示用と保存用のプリントを所有している美術館もあると聞いた。)
焼きのバラツキが大きかった。
それにより、何を伝えたいのかわからなくなる。
もちろん、初めての写真展のようだし、野暮は承知である。
この若者は大学を出たら、普通の職につき、作品を作っていくと言っていた。
彼はこれからも続けて行くというし、貴重な人材だと思っている。
それゆえ、あえて、厳しいことも言っておいたのよ。
(でも、喜んでいたよ。)
私は無理にカメラマンで、食わなくてもいいと思っている。
作品を作り続けることが一番大事なのだから。
デジの普及によって生活に追われるより、ボーナス貯めて、本を作った方が
効率も良いと思っている。
と、エラソーに持論というか、能書きを垂れてきた。
公園の話をしたら、
「井の頭公園で、有名な人が安く売っていると聞いた事があります。」と。
嬉しいことを言ってくれるじゃん。ふふふ、わりと有名人じゃない。
私のことは知っていて、HPも見たことがあると言ってくれた。嬉しいね。
まあ、それは別にして、いい子だったよ。眼がきれいだったもん。
(女性の方へ。彼は若くて背も高くて、ハンサムでしたよ。)
私は高卒だ。というか、マトモな高校生ではなかった。
(というか、中学の頃から夏は自販機でビール買っていた。)
写真学校も行っていない。ワークショップも。
でも、自分でやる物だと思って、二十歳ぐらいから展や色々していた。
私の友人知人、恩人は写真学校や芸大の先生が多い。
しかし、敢えて書こう。行く必要なんてないよ。
やる気ってやつが、一番優れた才能なのよ。
これは、私の仲間もみんな言っている。やる気なのよ。
ただ、いろんな人がいるし結局、遠回りの面もある。
田舎の普通の学校をでて、東京に来てすぐに、写真で食えるとは思えない。
私は食えると思って、東京に出てきたバカのせいか、未だに厳しい生活だ。
上京したては、知人も少ないだろう。その点、ワークショップはいいだろう。
実際、昨年の東京移住にしろ、漠然と公園があっただけだ。バイトが出来る
体でもないし、生活の目安は何もなく、不安だらけの移住だったのよ。
写真の売買が知られて欲しいと言っているけど、
本当はバイトで安定した収入を得て、作品づくりをしたい気持ちもあった。
私は下流どころか、底辺の生活をしていたので、
アルバイトが出来るというだけで、羨ましいのよ。
だから、公園が平日出来なくなったのは、本当に困ったのだ。
世の中思い通りには行かない。
アチコチのギャラリーに写真を置いてもらい、そこそこ売れると思っていたが、
どこも売れていない。
ルーニーも2月は10枚ぐらいだったと言う。
飯田鉄さんが5枚買っていってくれたそうだ。
ありがたい。別に著名な人だからと言うわけではない。
初めての公募展というべき、東川のアンパン展に出した時、講評してくれた
のが飯田さんだったからだ。懐かしかった。
三鷹から各停で荻窪まで行き、地下鉄で四谷三丁目まで、座って行ける。
で、今日は初日だし、三鷹駅でふるさと物産展をしていたので、
いなごの佃煮をお土産に買っていった。
(オーナーの奥さん最高。私、食べた事ないんですよと喜んでくれた。)
風邪は良くなったが、腰は相変わらずである。
ちなみに、昨夜の夢は脱線した電車から乗客を助けるために、
一生懸命除雪をしている夢であった。疲れそうでしょ。
やはり、腰は痛い、、、。
帰りの電車は、ほとんど座れず、、、。
でも、久し振りの前向きな行動。メッチャ楽しかったね。
そして、ゼロからのスタートなのよねん。
腰の不安もあるが、楽しみたい。
3月19日
この所、風邪薬は飲まずに肝臓の薬だけを飲んでいる。
暖かくなってきたせいか調子が良くなっている。
しかし、疲れている。
腰痛は相変わらずだが、昨日見た夢もひどかったのだ。
私は近所の武蔵野警察署のビルの屋上に駆け昇って助かったのだが、
日本が沈没して、海抜が20m上がり、海水が押し寄せてきたのだ。
ヒルズに限らず、日本の平地は水没。
4月の写真展が出来ない。新しく焼いたのも、DMの切手代もパーだ。
それ以前に、今まで撮ったネガがパーだ。
私はビルの屋上で絶望していた。
おまけに、水が引いた後、濡れた印画紙を展示していた。
いくら、RCとはいえ、濡れていると重いし、作業がはかどらない。
グッタリしながら、ピン打ちをしていたのだ。
暮れからついていないことばかりであるが、夢も疲れる夢ばかり見ている。
夕方から寝て深夜に起き、明け方まで展示の準備をしていた。
中々眠れなかった。
桜の撮影方法を考えていたのだ。
で、エライことに気づいたのだ。
桜の花だけではないのだ。
桜の咲いている靖国も、撮らないといけないことに気づいたのだ。
桜だけなら、ヒルズの近所でも撮れるが、
靖国を撮るには、靖国に行かないと撮れない。
当たり前の事だが、北海道と違って玄関から撮影場所へ行ける車はなく、
慣れるまでは面倒くさそうである。
おまけに、靖国を自分の表現方法で撮っても、
写真誌に限らず、一般の雑誌には載らないだろう。
更に、カラーなので金がかかるし、そのままプリントをするのではなく、
特殊な焼き方をしてもらうので、凄い金額になるだろう。
暮れからは貧困状態であるし、どないしよう。
今日は晴れていたので、靖国を撮る為のテストをした。
メインは35で、露出を「レクイエイム」のように、ずらしていくのだが、
ポジなので、その量と色をテストしたかったのだ。
で、というか、
が、なのだが、
3分で終わる撮影が1時間もかかった。
最初は軽くて便利な、FE-10にポジを入れて撮っていたのだが、
途中、巻上げが軽くなり、巻き戻しクランクも廻らなくなったのよ。
で、裏蓋を開けた。
しかし、半ば以上のフィルムは巻かれていた。
とはいえ、使い物にならない。でしょ。
で、ヒルズに戻り、フィルムを再装填。
フィルムの装填は、凄まじくチエックした。
しかしまた、途中で巻上げが軽くなり、巻き戻しクランクも廻らなくなったのよ。
一応、最後まで撮った。
そのあとも、シャッターを20回以上押して、20回以上巻き上げた。
しかし、基本的には36枚撮りのフィルムである。
プラスアルファーの、20枚は写っていないだろうと思う。
このカメラで、私は昨年の水戸展の時、会場写真と水戸の町を撮った。
しかし、ちゃんと36枚写っていた。(もちろん、50枚も押していない。)
理解出来ねえ。
どっちにしろ、マトモなことにはならないと思ったので、
F-90で、改めてテスト撮影をした。
音がした。
エラーだってさ。
電池不足だってさ。
この間、客が来た時には、ちゃんと動いていたのに。
おかげで、駒数メチャクチャ。
私はパソやデジは駄目で、アナログしか使えないと、HPには書いているが、
アナログさえもマトモに使えない、、、、。
屈辱のテスト撮影だったのさ。
いくら、コンセプトがあってもこれでは、、、、。
クシャミがやたら多い。
恐怖の花粉症が起きたのかも知れない。
去年は出なかったが、北海道へ渡る年に花粉症が出た。
数分間、クシャミが止まらなかった。グッタリするし、恐ろしい。
明日からは四谷のルーニーに行く。
新しい環境は、新たな出会いが期待でき、
ピッカピカの一年生になった気分である。
新しく焼いた物も持っていくので、遊びにいらして下さい。
3月18日
公園で知り合った友人が、作ってくれたページをアップした。
外国向けに日本を紹介するHPだという。
もちろんありがたいのだが、外国向けだから、もちろん、、、、英語だ。
もちろん、私は写真しかわからない。
これでも中学の頃は、英語の成績良かったのだけど、、、。
頭の悪さを、学校英語のせいにしているのよね。
彼はもうすぐ、北海道に移住する。
あそこは寒冷地だし、イメージと違い官依存だから仕事も減って生活は厳しい。
大変な所だが、頑張って欲しい。
今日はルーニー展の準備だ。
プリントは終わったので、手伝ってくれる学生達と友人6人の為に、図面書き。
半切200枚のピン張りとバライタの額装だと、一人では絶対に出来ないし、
3時間で作業を終わらせようとすると、これぐらいの人の協力が必要になるのだ。
図面があると無しでは、意識的にも大きく違う。人数分コピーした。
私も経験があるが、人の展示を手伝うという事は、必ずなんらかの勉強になる。
バンタンの若者達は頑張って欲しい。
しかし、水戸展でも図面を書いていて、慣れている筈なのだが、はかどらなかった。
原因は、新しく買った電卓である。
もちろん、いくら99円の安物と言っても、3桁の掛け算も瞬時にこなすし、
答えを間違うわけがない。わな。
ただ、この電卓、キーが高くて押し間違いが多いのよ。
まあ、私の不慣れのせいなのだが、、、。
3回に1回は間違いが出るから、そのたびにやり直し。
鶏頭で暗算した方が早い気がした。
99円ショップでは電卓の他に、腕時計や老眼鏡も売っている。
99円でこんな性能って、凄いと思っている。
しかし、怖さも感じている。
この性能で99円で販売出来るのは、中国の人件費の安さに負う所が大だろう。
まあ、そのために人件費の安い日本の過疎地方は空洞化したとも言えるし、
多くの国民の生活は苦しくなったとも言える。
中国(中華民国)は世界の中心と言う意味で名づけられたし、誇りも高い。
昔、中国の映像と言うと、同じ服を着た凄まじい人数による自転車通勤の姿だった。
しかし、中国の全国民が現在の平均日本人の生活が出来るようになったら
どうなるのだろう。(近い将来だと思うが。)
経済力もあるので、安物なぞ作っていないだろう。
それ以上に、既に中国は石炭というエネルギーの輸入国になっている。
日本の電力の17%は今も石炭で作られている。
もちろん、ほとんどはオーストラリアや中国他からの輸入である。
(海外の炭鉱夫は日本の商社の為に厳しい労働を強いられてもいるし、
坑内堀りが多い、中国では年間5千人以上が死んでいる。)
どこの国だって、成長したい。わな。
この先日本はどうなるのか。
夕張と同じ位、日本は借金があるし、
炭鉱の町は30年後の日本と言われていたのだ。
日本はアメリカのポチから、中国の小ポチになっているかも知れない。
火曜日から四谷のルーニーに出る。
新宿には多くのギャラリーがあるので、便利ではないだろうか。
公園に来てくれた人達も遊びに来て欲しい。
しかし、写真の作業は楽しい。
今日は、新しいコンセプトと言うか表現方法が10個も浮かんだのよ。
金はないけど、作品の事を考えているのは、幸せである。
3月17日
今日はルーニーでのプリントを焼いていた。
風邪と腰痛は酷かったのだが、公園のことでイライラして、失敗が多かった。
この失敗作は有料ゴミ袋なのよね。
RCペーパーなので、無料のプラスチックゴミになるはずなんだけど、
ゴミの冊子では写真は有料の燃えるゴミとなっているのだ。
いくら、プラスティックが正しいと言っても、持っていってくれない可能性が
高いのだ。なんかもう、イライラの一日だ。
3月16日
電話が鳴った。
私は自称ではなく、正真正銘の売れない写真家だし、彼女も、、、いない。
武蔵野ヒルズでは、ほとんど電話はならない。
珍しく電話は鳴ったが、期待は出来ない。
なにしろ、深夜の2時なのである。
こんな時間に、仕事の依頼の電話をかけてくる人間はいないだろう。
とはいえ、ヘビに追いかけられている夢を見ていたので、助かった。
(私は熊より、ヘビの方が怖い人だ。しかし、腰痛の時ぐらいマトモな夢を見たい。)
電話は某新聞の若い記者だった。
近くで飲んでいると。
二期作ではないが、このところ夜も起き出して仕事をしているので、
私は構わないが、2時だぞ。2時。
15mほど離れたBARで飲んでいると言う。(ヒルズって都会だべ。)
多分に酔っ払っているのだとは思ったが、私も酒が好きだし、
ベッピンの客がいるかも知れないと思って、、、5分後に店に行った。
いた。
若くはないが、好みのタイプである。
彼の上司だと言う。
で、
「独身ですか?」と挨拶をして、名刺を渡す。
(まだ寝ぼけているし、もちろん思慮も足りない男だが、風間は裏表のない
素直な人間だと自分でも思った。まあ、マスターも記者も呆れていたが。)
しかし、驚いた。
彼女は北海道勤務も経験していたのだが、
夕張倒産をすっぱ抜いた、私の知人を最初に鍛えた女性でもあったのだ。
ここは東京の武蔵野であり、武蔵野ヒルズから15mのBARである。
凄まじいローカルネタが飛び交った。
BARを出た時、小さな雪が降ってきた。
白くて、美しかった。
仮眠してルーニーの焼き、腰痛がかなりあるので、ゆっくりあくまでも、
ゆっくりと焼いた。でも、でかいから疲れたな。
知人からHPの写真の販売のページが黒地に黒字で見ずらいと知らされた。
この間、変更したばかりなのでオカシイと思ったが、
確かに黒に黒で見えない。
ビルダーの画面では普通に見えるのに、、、、。
パソコンはよくわからない。
3月15日
お互いに、良い展が出来たねって、言いたいのは誰もがそうである。
もしくは、言葉で言うだけなら簡単である。(昨日の続きです。)
エ〜ッと、つまり、風間は、今、新たな構成が浮かび、悩んでいるのである。
ア〜ン、もう何回目かの図面(電卓も苦手)も書き換えないと駄目だし、
また仕事が遅れそうなのである。
ヒマそうだから丸山弁護士、手伝ってと言いたい。
小泉さんはついていたけど、安倍さんもナカナカのもんだ。
夕張の倒産と宮崎県知事。
メロンや映画の町、昔は新婚旅行のメッカ。
まあ、ノックさんや意地悪バアサンも知事っていたから、オカシクないけどね。
閑話休題
先日ヒルズに来た若い頃の友人、Mさんはミニシアターを持っている。
で、
私の映画を作ろうと話しているそうだ。
現在、私のドキュメントを撮っている女性もいる。
実は、夕張時代も映画の話があったのよ。
これは私はモチーフで、放浪の写真家と少女の恋物語だったんだけどね。
私は武蔵野のトム・クルーズとか書くが、ジョークだと思っている人が多いでしょ。
しかし、実は意外に映画に近かったりするのよ。
公園で出会った女優さんに、嫁さん紹介してくれとは言わず、
映画に出してくれないかと頼んだ事があるし、
夕張の映画祭に来ていた宮崎あおいに、「君独身?奇遇やね俺も独身。」と
言った事もある。(母さん笑っていた。本人困っていた。)
緒川たまきも夕張の家に来た事がある。
山田洋次さんにも写真は褒められている。
吉永さんにも今回の展のDMは出してある。
映画の世界では良いカットが撮れた時、イイシャシンが撮れたという事もあるそうだ。
写真の場合、いい絵が撮れたというのと似ている気がするが、
写真と映画は近いのよ。
それに、地味な写真界より、銀幕の世界の方が私は映えると思うのよ。
しかし、哀しいかな実際の風間は正真正銘の普通のオッサンだ。
というか髪は後退、腹は前進&拡張。
おまけに、平均中年の数分の1の収入だ。
まあ多少、写真では賞を獲っているので、作品が映像化されるのは、
おかしくないと思う。
しかし、たとえ若くても、どんなに自分が入りたくても、
ジャニーズ事務所には、絶対入れない存在なのである。
(もちろん、もっと写真の賞は欲しいし、絵や書でも賞が欲しいけどね。
写真界で一番正直で、良心的な千円プリントなのだ。)
ヒルズにも鏡はある。
確かに、99円ショップの安物かも知れない。
しかし、いくら安物でも性能はそんなに悪くない。
俺なんか撮ったってと、謙虚に思っている。
(まあ、確かにまだ、音楽に対する夢はくすぶっているけどね。)
写真関係のメルマガを見ていたら、知っているギャラリーが載っていた。
めづらしく外国の作家だったし、ADSLなので、クリックしてみた。
凹んだ。
同じ技法なのだ。HPにはアップしていないが、
月を光源にしたものだ。数秒かけて月を撮りながら、月の光で線を書いている。
大昔にやっていたことである。
私は月の光で、月という文字さえもフィルムに残していた。
とはいえ、そう言っても通用しない。
国際的に有名なSさんの海のシリーズ。
太平洋とか大西洋とか、金のかかる撮影は出来なかったが、
同じコンセプトでやっていた。
やったもん勝ちというのは、兄貴分の一人から聞いている。
しかし、金がかかる。
いくら作る能力があっても、金を作る能力がないと発表出来ない。
悔しい。
兄貴分にいうとおり、先進国に行った方が良いのかも知れない。
悔しい。
3月14日
グッタリしていた。
当たり前だ。腰痛が酷いのに、熊5頭と挌闘している夢を見たのだ。
噛まれるのを避けて、一生懸命目潰しをしていたが、
相手は熊だぞ、熊。
最低の朝だった。
DMの宛名書きを終える。
引っ越せば住所は、当然変わる。
しかし、メールの場合はアドレスが変わらない。
当たり前だが、そのことの良さにやっと気づいた。
グループ分けをしておいたら、BCC一発で送れることも出来る。
当然、切手代はかからない。
こりゃ、いい方法だわい。
と、思ったが、、、、。
東京に来てから、DMは結構来たが、
メールで展の案内は来た事がない。
考えてみれば、年賀状もそうだ。
メールでの挨拶もあるが、BCCを使った賀状メールはほとんどない。
私なぞは字が下手だし、金がないので、メールで済ませたいのだが、
やはり、メールでは駄目なようだ。
メールで済めば、多くの人達が楽になると思うのだが。
う〜ん。こうなりゃ名簿リストを作ってシール印刷するしかないのだろうかね。
北海道にいた頃は、多くの展をしていた。
しかし、ほとんどDMを作らなかった。
制作費や手間、切手代がなかったからだ。
それに、ほとんどの企画は炭鉱遺産をPRするためのものだったから、
新聞やテレビ、ラジオで取上げられていたのだ。
DMより、遥かに多い人が見るよね。
おまけに、各局80円の切手代と文章のコピー代だけでしょ。
しかし、こっちではそうは行かないみたい。
炭鉱遺産と言う前に、炭鉱さえ知られていない。
また、運動というより、風間個人の作品展になるからDMは重要になりそうだ。
まあ、汚い字でも相手の名前を書いていたら、覚えていくわなあ。
去年の東京の展は受賞展が多く、個展と言うものではなかった。
今回は違うね。更に真剣にやらないと。
それに、昔と違って、ネットの普及もある。
口コミの数倍以上の速さで、展の評価が広がる。
遣り甲斐もあるし、緊張感も生まれる。
今回のルーニー展は企画展である。
企画展と言うのは、ギャラリーが企画してくれるもので、
作家はほとんどお金がかからない。
本当に有難いものだが、その分、お客さんの数とかが気になるのよ。
お互いに良い展が出来たねって言いたいじゃん。
3月13日
爆睡&腰痛。
昨日は自宅暗室の取材があった。ライターは友人である。
撮影のあと、飲みながら色々話した。
何時に寝たか、覚えていない。
コンポノンやシュナイダーのレンズの話が出た。
撮影レンズに金をかけるより、引伸ばしレンズに金をかけた方が、
コストパフォーマンスは高いと私は思っている。
そして、それ以上に引き伸ばし機を数台持つ方が良いと思っている。
しかし、考えてみれば、デジタル全盛の時代だし、
フィルムにおいても、モノクロはたったの1%の売上しかないと聞いた。
ネーチャー以外の写真展の場合、モノクロの展示の方が多いので、
多くの人がモノクロをやっていると感じてしまうのだが、現実は寂しい。
このライターに井の頭公園を撮った夜想曲2のベタを見せ、
好きなものに、マルをつけてもらった。
いい選び方だ。嬉しかった。
写真って、写真をやるほど、わからなくなることがある。
作者と編集者では、選ぶものが違うのよ。
私も本当にセレクトは悩むのよねん。
今日は火曜日で、ヒルズは燃えるゴミの日である。
昨日、大家さんは今までの不法投棄のゴミを処分した。
そして、ゴミ入れをヒルズの敷地内部に移した。
しかし、空き缶(木曜)ペットボトル(月曜)弁当ケース(月曜)、
それらが詰まったレジ袋が数個、以前のゴミ置き場に捨ててあった。
ここは高級武蔵野ヒルズなのだぞ。たっくもう。
することがない。
腰がかなり、痛いのよねん。また仕事が遅れる。
ヒルズの階段さえ痛いのよ。
もっと痛いこともあった。
仕事が出来ないので、写真集「夕張」で検索してみたのだ。
小説家の佐々木譲さんのブログがあった。
佐々木さんの本は何冊か読んでいるし、映画も見たことがある。
氏は夕張の映画祭の会場で「夕張」を買われたそうだ。
(そこで売られているのは、私は知らなかった。)
土門以降の粗粒子の炭鉱写真と違うと、評価してくれて嬉しかった。
お礼のメールをしたのだが、、、、大恥をかいてしまった。
氏は数多くの本を出している。てっきり東京の人だと思ったから、
お礼の言葉と、夕張在住18年の解析力で、
メディアでは書けない再建の難しさを書いたのだ。
(もちろん、氏の能力は十分知っていたのだが、
東京の人だと思ったので、少しでも手間を、、、。)
しかし、氏は夕張出身者だった。
釈迦に説法というやつである。
久し振りに、恥ずかしい思いをしてしまった。
夕張に18年住んでいて、佐々木さんのことを知らなかった。
(出身者はリリーズと大橋純子ぐらいしか知らない。)
ついでに書くと、「夕張」を評価してくださり、札幌の寿郎社も喜ぶでしょう。
と書いたのだが、来週札幌で寿郎社と飲むそうだ。
知らぬは本人のみ。検索するのも、良し悪しである。
私は炭鉱関連のものを撮っていたので、それが専門だとか、
廃墟好きだと思われる。そういう思い込みは好きではないが、
自分の思い込みも相当なものであった。
無知と思い込みが重なると、ロクな結果を生まないですよ。
しかし、なんて返答を書けば良いのだろうか。恥ずかしいなあ、もう。
3月12日
う〜ん。
夕べも、何も悪い事していないのに、
起きたら、酷い腰痛。
何もでけへんがな。
とはいえ、少しは歩いた方がええと思って、
三鷹市場へ行く。
こっちの春は早い。
鮎も売っていた。養殖ものだが型はよい。
しかし、私には高い。
で、サザエ2個、340円を買った。(かなり、小さい。)
そして、イカフライ2個、156円を買った。(20cmぐらいなのよ。)
東京に来てからと言うか、夕張ではほとんど売っていなかったので、
久し振りの、お魚くわえたサザエさんなのだ。(サザエは魚をくわえない。)
刺身とつぼ焼きにした。
貧乏人としては、サザエの貝殻って贅沢に見えるのよ。
(内湾のさざえは、トゲが出ていないが。)
私は旅をしている時、結構美味いものを獲っていた。
今でこそ、藤壺や亀の手も知られているが、
色んな物を試して食っていた。
山菜もそうだが、熱を通せば大抵の物は食えるのよ。
色んな考え方はあるが、海は漁協だけのものでないと思う。
金の話をすると何だが、補助金には大勢の人の金が使われている。
そして、教育にも有効だと思う。大人でも地引網はワクワクするでしょ。
(潮干狩りは入場料は取って、輸入物をばら撒いている。
量を取れなくってもいいじゃない。それが現実だとわかれば、
良い勉強になると思うよ。私はある程度の国内の海岸を旅していた。
コンクリートばかりで、美しいとは思えなかったもん。)
民間が磯遊びが出来る場所も、絶対に残すべきだと思っている。
というか、そういう場所を作ることによって、観光客が増え、地元も潤うと思うのよ。
だって、井の頭公園の泥棒市を始め、どこもかしこも規制だらけじゃん。
将軍様の国と変わらないと思うのよね。
(但し、アクアラングは禁止。)
美味いものに関して、結果論を書こう。
一番美味いものは、自分で獲ったものである。
とはいえ、みんなが獲ると、すぐに無くなるのだ。
とはいえ、サザエの刺身には緊張した。
先日、バナナチップを食べたら、歯に詰めてあった金属が取れてしまったのだ。
私はナマコやスルメ、砂肝等、固い物が大好きなのだが、寂しくなってしまう。
ちなみに北海道では、つぶ貝が美味しい。
ホタテは干したやつの方が美味いと思う。
面倒なので作らないが、アサリの天ぷらも好きだ。
愛知の瀬戸地方の人に教えてもらったのだ。
アサリを剥いて、串にさして干す。
それを天ぷらにするのである。ぜひ一度お試しください。
3月11日
久し振りにぐっすり寝た。
かなり、体調が悪かったと思う。
なにしろ、久し振りの風呂なのに、そのあとこの私が、飲まなかったのだ。
(凄いっしょ。というか、自分でも信じられない。)
お陰で早く起きれて、事務仕事。順調でした。
その後、ラーメンを食い昼寝。
そして、六つのRCプリント。
とはいえ、腰がやばそう。
というか、痛みで4カット60枚。
しかし、まあ、これであらかた焼いた。
あとは、ルーニーのやつ。
しかし、マジで痛かった。
焼いてる途中、無性にイカフライを食いたくなったのだが、
終わった後、片道3分45秒の三鷹市場の惣菜売り場に行けんかったもんね。
(フライや天ぷら等の揚げ物は、私でも作れるが、私は独り暮らしである。
飲んだら大食漢の方だが、食べれる量は知れている。
イカを買って、天ぷらやフライにしても、イカばかりになるのは、
それこそイカがなものかになる。
野菜では、ししとうとナスが好きだが、ししとうのパックは20個ぐらい入っているし、
ナスにしろ、3個一袋でしょ。
もちろん、油もモッタイナイので、三日ぐらい連チャン天ぷらをすれば良いのだが、
そうはイカないでしょ。
(プロセスチーズの天ぷらや、フライも美味いよ。)
友人と言うか、先輩の美術家からテル。
GWの連休に自宅ギャラリーでしないかと。
額がないので断ったが、あるという。
しかし、川崎の住宅地。
お客さんを呼ぶ自信はないといったら、美術の人間を集めると言ってくれた。
嬉しい。
私はドキュメント系と思われているが、実際はそうじゃないのよね。
イイ加減系なのよねん。
(だってどんなに頑張ったとしても、サルガドには勝てないもんね。)
正式決定はまだだが、Ageのシリーズを作ろうと思っている。
私はオープンエディションだが、Ageのシリーズはネガを使わないので、
5枚づつしか作れないだろう。
ルーニーのプリントと他作業が終われば、
行動に移ろうと思っている。
公園は土日しか出来ないので、やはり抵抗がある。
で、ルーニーにしばし、間借りする予定なのだ。
新しく焼いた写真も一杯持っていくので遊びに来て下さいね。
3月10日
深夜起き出したが、腰痛で公園の撮影は中止。
この状態で無理したら、間違いなくぶっ壊れる。
いくら鶏頭とはいえ、私はそれほど馬鹿ではない。
去年の水戸展の事は忘れない。
半切を一杯焼いていたのだが、無理してギックリ。
で、1週間ダウン。
腰も痛かったけど、スケジュールも痛かったで〜。
で、DMの宛名書きを明け方までする。
DMを書くのは、好きではないというか、、、嫌いである。
理由は二つある。
その一、
人の写真展にも行かないのに、(正確には、行けないのにだが。)
来てくれというのは、厚かましすぎると思うからだ。
とはいえ、状態の良い時の作業時間さえ、5〜6時間ぐらいで、
自分の作品もほとんど作れない状態なので、
この辺は勘弁していただきたい。
その二、
字が下手すぎて、、、、恥ずかしいのだ。
パソコンを使いこなせない哀しさであるが、
これから先、どれだけ下手な字を書かねばならないのだろうか。
まったくもって、嫌になる。
写真集への署名は筆ペンで誤魔化している。
(本墨は乾くのが遅いし、筆だったら下手さも味に思う?でしょ。)
それに、落款を隣に押してあったら、それっぽく見えるでしょ。でしょ。
それぐらい、字を書くのが嫌いなのだ。
馬鹿は一時期、筆記具にこだわったが、
いくら良い道具を買っても、、、、
税金の無駄遣い以上に、無意味だと気づいた。
なぜ字が汚いか、なぜ自我汚いか。(ナイス変換だった。)
親から聞いた話だが、私は本当に小さな頃から、
人の言う事をまったく聞かない人だったそうだ。
そのくせというか、当然というか、かなりのワガママで、
何をしでかすかわからない子だったそうだ。
で、好奇心は一杯あったので、学校に入る前からかなりの本を
読んでいたそうな。(もちろん、エロ本ではない。)
で、自己流で字を覚えたそうだ。
で、きれいな字を教える小学校では、先生のいう事なぞ、
まったく聞かなかったそうだ。
で、象形文字とか、日本語の筆記体と言われる、今の風間の字。
特に、ワープロ、パソコンを始めてから、漢字も書けなくなったし、
酷くなっている。
とはいえ、
お客さんは電車賃を使って、
自分の時間を削って、見に来てくれるのだ。
展示共々頑張りたい。
昨日現像したネガのベタ取りと、このところ焼いていた六つ切りをプリントをした。
プリントもあらかた終わり、あと一回か。
そして、ルーニー展の仕上げである。
あの「夕張」展は東京でぜひ、やりたかったものである。
とにかく、頑張るべ。
ぜひ、見に来て下さい。
「夜想曲2」の焼きは桜の撮影のあとかな。
少し仮眠を取り公園にいこうとしたのだが、風が強く中止。
構造物より木を撮りたかったのだ。
枝が揺れるのはね。
夏にテスト撮影したフィルム一本もベタを取った。
井の頭公園で目に付いたのは樹だった。
石神井公園と違って、枝が横に広がっている。
夏の葉っぱも撮るつもりである。
ADSLとはいえ、くそメールはウザイ。
配信を断る場合、メールではなく、HPから断れと書いてある。
本当に、ロクデモないやつらだと思う。
MIXIもよく来る。
以前知り合いがきた時、絶対に良いから、私が紹介するからと言われ、
一回コメントを書いただけなのに、ほとんど毎日のメール。
ウザイというより、馬鹿でないのか、ここ。
紹介制だから安全と言うが、会員数は何百万だろ?
誰か責任を取れるのかね?
閉鎖しますでチャンチャンではないのか。
私の1回のコメントというほどでもないものに関連で四十数通?
別に私の事を書いてあるわけではないが、気になった名前があった。
私がパソを信用しなくなったきっかけを作った奴である。
夕張時代、炭鉱遺産の重要性を長く真面目な文章で書いてきたのだが、
会ったら何も喋れない奴で、メールとは裏腹に廃墟系雑誌に投稿してた奴。
ラジカセで軍歌を流しながら、廃墟荒らしをしていた。
キモオタどころか、ヤバイのも入ってるじゃん。
まあ所詮、ネットだけど。
髪の毛を切り、というかヒルズバリカンだが、銭湯に行った。
風邪があったので、久し振りか。
70キロを超えていた。ヤバイ、腰に来る。
相変わらずの熱湯。ぬるい方が46度で熱い方が50度。
当然客は少ないけど、店の人は温度管理しないのかねえ。
3月9日
昨日も昼間から飲んで寝た。
しかし、疲れているせいか起きれたのは深夜の1時。
タクシーで公園に行った。(撮影に、タクシーを使ったのは初めてだろう。)
今日は風があり、寒かった。おまけに池を渡る橋の上の撮影が多かったので、
寒さが厳しかった。まあ、それでも26枚ほど撮ったけどね。
やはり、看板が多いと思う。
「ゴミは持ち帰りましょう。」「花見は午後10時まで。」「ハトに餌をやらないで」
「鯉に餌をやらないで」「管楽器等禁止」「アートマケット(泥棒市)は土日だけ」
井の頭公園には、ゴミ箱がない。
持ってきたものを持ち帰ることは、良いことだと思う。
(バラバラの遺体が、捨てられていたせいでもあるという人もいた。)
しかし、ゴミの元である自販機は夜も煌々と明るいし、
それが置いてあること自体、オカシクないか。
昼間の公園の売店でも缶ジュースを売っているし、
餌もしくは餌になるようなものを売っていたと思う。
ゴミの元や鯉の健康や水質を悪化させるをものを売る店は許して、
出たゴミは持って帰れってのは、泥棒市を考えた役人らしい。
自販機を置くなら、せめてそこに空き缶入れを置くべきである。
毎朝、掃除の人が公園内を清掃するが、
彼らはボランティアでなく、税金なのである。
公園で利益を上げている商店が、ゴミを処理すべきである。
電車で公園に来る人は、家までゴミを持っていくと思っているのだろうか。
駅までのコンビニ等に捨てていく。もしくは公園内のトイレに捨てていく。
自分達の管轄するみんなの?公園だけが、きれいなら良いのだろうか。
騒音とかの苦情は近隣の人たちからだ。
なんか近隣の高所得者だけを優先しているように見えるのよね。
(ゴミを近隣の豪華な庭に捨てていったら、公園にゴミ箱を置けという風に、
ならないかしらね。)
オカシナことは橋にもあった。
橋の片側には自転車通行禁止と書いてあり、もう片側には自転車を降りて
渡りましょうと書いてある。橋の出入り口には良くある金属の通行止めがある。
どっちやねんと言いたいし、子供扱いである。
注意書きか、通行止めかどちらかで良い。
ベンチも好きでない。
想い出のベンチという奴で20万?で寄贈してもらったやつだそうだ。
寄贈者は代金のお礼に、メッセージと名前を書いたプレートが
ベンチに貼られる。人それぞれだから、構わない。
しっかし、このベンチ、太腿の所が高くなっていて、座りにくく、疲れるのだ。
(私だけかも知れないが、腰に負担のかかる設計というか、
客の回転が良くなる設計?のように感じる。)
また、ベンチ中央にも手すりというか、肘当てがついている。
つまり、横になって休む事が出来ない。
ホームレス対策かも知れないが、想い出のベンチは冷た〜いベンチなのだ。
私は今、泥棒市には参加していないが、
本当に、客のことは考えていない公園だと思う。
というか、公園というものに対して、思想もない所だと思った。
民間のメセナに任せた方が、ずっと良い結果が出るだろう。
5時半のJRでヒルズに帰った。
早速、湯を沸かして、お湯かけ蕎麦。
とにかく、体が冷え切っているのだ。
湯を沸かしている間に、ゴミをだす。
しかし、ヒルズのゴミ捨て場は、もうず〜っと一杯である。
近隣の転入届を出していない奴が捨てていくのだろう。(この辺は学生が多い。)
武蔵野市は本当にゴミの分別がうるさい。
少しでも、違った出し方をすると持っていかない。
ペットボトルも本体とキャップとシールは別にしないといけない。
しかし、転入届を出していない人間には、それがわからない。
なぜなら、転入届を出した時に、役所でゴミ関係の冊子を貰うのだが、
それをじっくり読まないと、武蔵野市のゴミの分別が理解出来ないのだ。
武蔵野市はゴミのフォローはせず、うるさいだけなのだ。
645で、ハンドホール、トレイン他を撮る予定だったが中止した。
それらはいつでも撮れるし、、、忘れていたのだ。
ここが内地である事を。
桜がこっちでは早く咲くのだ。
フィルムは多くないし、その時しか撮れないもんね。
で、桜を撮るのだ。内地の桜を撮るのは初めてなので、昂奮している。
夕張時代も自宅でエゾヤマザクラを撮った。
気に入った物も数カットあるが、本当の桜色で作品を作ってみたい。
昔からの撮り方は頭にあるが、もっと熟成させなければね。
四谷のルーニーから、4月展のDMが届いた。
展示を手伝ってくれるバンタンの学生が、5人も名乗り出てくれたと言う。
大感謝。展示が終わったら大酒飲もうね。
ふふふ、楽しみだわい。
ぜひ、みなさん来て下さい。
仮眠して、フィルム現像。
東京に来て初めての現像。
露光は長時間ゆえ、適当。
おまけに、初めて使う現像液フジのスーパープロドール。
私は珍しい人らいしい。D-76を使ったことがないのだ。
今まで使ったのは、パンドール(ライブの時ね。)
マイクロドールXとミクロファインだけなのだ。
SPDは強く、早く上がったので楽だった。
一番多く撮っていた頃は、マイクロドールで、24度1:3にして、
十数分かけていたもんね。
しかし、濃い目だが、すべて揃っている。
俺って天才?
その後、プリントの準備をしたが、夜の疲れか、腰痛。
現像液にゴミ袋を被せて、酸化を防ぎ、飲んで寝た。
某出版社から金が届かない。5日に振り込むと、通知書も来ていたのだが。
(DIMEに載っけてもらった原稿料ね。写真集をPRしてくれたので、
タダでも良いのだが、今はお金が全くないので、欲しいのよ。)
小学館潰れたのかな?
通知書見て、大企業は潰れて欲しくないと思った。
だって、、、ギャラいいもん。DIME、見開きだが、1枚4万なんだよ。
3月8日
昨日は昼間飲んで、夜の11時頃に起きた。
体はイマイチだが、カメラと脚を持って三鷹駅に行った。
「夜想曲2」を撮るためだ。
(三鷹駅を撮るためでなく、あくまでも井の頭公園の夜を撮るためね。)
今年初めてというか、東京に来て初めての作品づくり。
アチコチ痛みがあるので、ヒルズを出るにも時間がかかる。
とはいえ、もうすぐ葉っぱが出てくる。
今やらないと。
このところ体だけでなく、精神状態も良くなかった。
暗室時間が長かったせいもあるし、暮れから全部こけたからでもある。
夕張時代は家を荒され、出稼ぎが出来なくなった。
収入も半分以下になり、旅も出来なくなったし、
東京での写真展も出来なくなった。
名前が売れたら、少しは金になるかと思い、写真雑誌に送り出したしたのも
この頃だが、珍しいのではないかな、家を荒らされたから写真を発表しだす人って。
自分の写真が駄目で食えないのなら、まだ諦めがついたのだけどね。
解決する方法はなかった。体と借金。どうしようもなかった。
北海道はクリーンなイメージがあった。
泥棒のことなぞ、誰が想像出来るであろうか。
(現在、そしてこれからも地方は不景気だと思う。地方は顔見知りが多いという
イメージがあるが、家が離れている。都会が一番安全だと思う。)
現在は、公園のこともあった。
私は公園をやるために、狭くて高い武蔵野ヒルズを借りたのだ。
しかし、土日しか公園が出来なくなった。
公園は貴重な収入源のベースでもあり、
多くの人に写真をPRすることの出来る場所だった。
それが、3分の1以下しか出来なくなるとは、まったく想定外だった。
撮影依頼は全くないし、バイトをしたくても、この体じゃあね。
いくら考えても、良い考えは浮かばなかった。
久しぶりの公園。
12時半に着いた。当然賑わいはないが、人はいる。
さすが、東京。
野外ステージの所から左へ200m程廻る。
3時半までの間に、23カット撮る。
予想通り、めぼしい場所はなく、小さなカットを重ねる。
(看板や木の名前等の人工物が多い。昔の石神井公園の方がやはり良い。)
67と55ミリ、75ミリを持っていったが、ほとんど75ミリ。
広く写せない。長玉が欲しいくらいであった。
相変わらず、適当な露出時間。
というか相反不規則の問題もあるので、煙草に合わせて撮っていた。
ピンも適当。というか、ファインダーではわかりづらい。
レンズの距離目盛も老眼で見づらい。(もう少しマシな呼び方はないのか。)
すべて、勘である。
「夕張物語」も同じ撮り方だし、星と風のシリーズもそうである。
しかし、やはり作品を作っているのは楽しかった。
夕張の冬に較べれば、鼻歌まじりでいられる。20度は違うもんね。
夕張では、雪の降らない寒い日しか撮れなかった。
(雪は暖かい日に降るのよ。)
2、3時間が限度だった。体のこともあるのだが、カメラがもたなくなるのだ。
寒さでレンズのグリスが固まり、動かなくなるのよ。
このとき使ったレンズは75ミリのみ。
それゆえ、私の75はグリスが抜けて、AFレンズをMFで撮っている時のように、
トルクがなく、スカスカである。
もちろん、撮影も適当というか、勘である。
カメラと体温の差が大きいため、ファインダーを覗いても、すぐ真っ白になるのよ。
ピンどころか、構図も勘。もちろん、露出もね。
なにしろ、フィルムの問題もある。
低温になると感度も下がると聞いたし、シバレテ破れる場合もあるのよね。
(昔は北海道の冬の写真は少なかったという。)
ペンタの67は電子シャッターだ。
旧式というか、ほとんどのカメラは長時間だとすぐに撮れなくなる。
(シャッターが開いている時は、電池を美味しそうに食べているからなの。)
夜想曲の場合、新品の電池で10枚ほどしか撮れなかった。
で、無電源でも使えるように改造してある。(9千円くらいだったか。)
デジやAFのカメラの場合、真冬の北海道の長時間なら1枚撮れるかどうかだろう。
旧式カメラを馬鹿にしたら、駄目なのよ。
最新式なんぞ、電池がなければただのお荷物。でしょ。
(レンズ交換も注意。吐く息が凍り、中に入るのよねん。)
しかし、久しぶりの作品制作は気持ち良い。
それにしても、東京って凄いね、夜中の2時や3時でもジョギングしてるんだぜ。
普段はなんの仕事をしているのだろう。そう思わない?
帰りはタクシー。980円。
さすがに、3時間いたら寒くなっていた。
チャリだと、間違いなく熱を出す。この間の38度8分は、もう勘弁してもらいたい。
(私にすれば40度近い熱なのである。逆にあそこまで行くとハイになる。笑)
また、早い時間の夜だと、人が多すぎて撮れないだろう。
昔、夜9時ぐらいの日比谷公園を撮った事がある。
アベックにジロジロ見られ、オマワリに何回も呼び止めめられた。
出歯亀というか、不審者扱いをされたのよね。
67に脚つけた、盗撮野郎なぞ、普通いねえよ。
それに当時、私は若く、彼女もいなかったが、羨ましいとは思えなかった。
少し疲れた夫婦が刺激を求めて、日比谷公園ならわかるのだが、
日比谷公園にいたカップルは、若い恋人達であろう。
日比谷辺りで働く人間は、ホテルに行く金がない貧乏人ばかりなのか。
もしくは、隣のベンチが燃えないと、燃え上がらないタイプなのか。
若いのに、横並び意識。貧しいと思ったし、
そして、サカリがついているとしか言えないこいつらでも、
ボーナス出るのかよと妬んでいた。
(俺、バイトばかりで、ボーナスって経験ないのよね。)
恐ろしいメールが来た。
「自宅に暗室を持っている人を紹介するシリーズです。
暗室を中心に、写真について、表現についてなど、
お聞かせいただければと思います。 」
某写真雑誌に載るという。
ヒルズを訪れたことがある人はわかると思うが、
いくら、風間が厚かましくても、どんなに曝け出したいタイプでも、
ヒルズの暗室は、、、暗室ではないと思う。
でも、まあ、優越感に浸れる人はかなり多いと思うので諒解した。
しかし、三重の高校時代も押し入れ暗室だったのよね。
東京にいた頃も、、、押し入れだよな。
(夕張時代の暗室は、ヒルズ全面積より広かったけど、
考えてみれば、俺ってマンションに住んだ事って、ほんの半年しかない。
飯場の方が長かったりして、、、、、涙。)
当然、部屋の写真も撮られるだろう。
う〜ん、押入れの壁には平均的な焼きになるよう、基準として、
あややとモー娘。の写真が一杯貼ってある。
プラスティックのミカンのついた、しめ縄もまだ飾ってある。
う〜ん、それにヒルズには風呂がない。
ベランダのシャワールームは夏場しか使えないし、、、、。
以前、ある特集雑誌で著名写真家の暗室特集があり、買った。(今は友ダチんち。)
みんな凄い暗室であった。マジにスゲーと思ったもんね。
こちとら、大事な引伸機さえ、若くて可愛いという理由だけで、
初対面の女子大生にやった男であり、比較以前の話である。
それにしても、自宅に暗室がある人の紹介って面白いと思った。
私の見た特集雑誌には錚々たる人が出ていた。
それゆえに事務所兼暗室とか、暗室だけ別に持っている人とかね。
つまり、自分の住まいとは別に、暗室を持てる人達なのよね。
(自分の住まいたって、6畳一間ではないだろうなあ。)
また、学校等で教えている人達は学校で焼けるから、
自宅に暗室を持っていない場合が多い。
それにしても、自宅暗室の人ってどんな人達なんだろう。
ただ、私の予想が正しければ、それらの人達も金持ちである。
暗室用の部屋があると思うのだ。
だって、雑誌だから初心者という人は載せないと思うのよ。でしょ。
ある程度、知られている人達だと思うのよね。
2DKか、たとえ狭くても、風呂つきの部屋だろう。
私は最低の環境の写真家代表になりそうである。
4畳半より、6畳の方が広いんだぞと言っても、目クソ鼻クソ、無意味で無駄な努力。
う〜ん、惨めになるから、武蔵野ヒルズの愛称は、もう辞めようかな、、、。
せめて、あややの写真を剥がして、アダムスの写真を壁にやってやろうかな。
3月7日
焼き。
しかし、腰痛と気分が悪くなり、3カット50枚。
メディアからの連絡は相変わらずない。
立場は弱いとはいえ、こんなものなのだろうか。
多くの人は、炭鉱は過去のものと思っているだろう。
部数の落ちているメディアとしては、少数派にページを割くことは出来ない。
それぐらいは、わかっている。
写真やアートより、ラーメンやレストラン、ダイエットの方が、受け入れられるのも。
ヒルズはまだ、ヤフーのADSLのままなので、ニュース等を見るようになった。
ダイアル回線の時は、ネットは全く見なかったというか見れず、
週刊誌もコンビニで立ち読みしていたが、今はネットで見れる。
パソが苦手な私でさえそうなのだから、
多くの人は紙媒体なぞ買わないわなあ。
今日は原爆ドームの写真を焼いていた。
ヒロシマ、ナガサキに対する考え方は、時代によって、
そして、国によって大きく変わるだろうが、
あれだけの市民(非戦闘員)を実験の為だけに殺されたのに、
日本は、、、ポチ。
(まあ、靖国で軍服を着てコスプレしてる人達を見ると、ポチでも仕方ないと思うが、
せめて言うべき事だけは、言って欲しい。)
知人に聞いた。
一番変わっているのは、地元の人達かも知れないと。
ヒロシマ、ナガサキの悲惨さは、世界的に有名で、
観光の目玉にもなるが、それだけでは、発展しないし、
新しく大きなものを作るのには、負の遺産になると。
まあ、京都にも、ビルを建てたい人はいるだろうしね。
夕張にいた時を思い出した。
ある国際的彫刻家は炭鉱関連の建物を壊せと言った。
そして、乗り越えて、新しいもの作っていくことこそ価値がある。
残すのは、映像等の記録だけでよいと。
まあ、その意見もわかる。
東京都にはバブルを表現した都庁という立派なオブジェがあるし、
その庭には、ハゲタカ達のオブジェもあるというから。
ヒロシマでは、自民党の息子のホリエモンも立候補していたよな。
ちなみに、夕張は倒産した。
新しい物より、正しい物を作るべきだったと思う。
人間に欲があるのは仕方ないし、戦争もある意味仕方ない。
しかし、ヒロシマ、ナガサキ、枯葉剤、劣化ウラン。
これらに対しては、ヘドが出る。
土門拳の名は、写真関係者だけでなく、多くの人に知られているだろう。
しかし、土門さんが生まれるのが遅れ、
最盛期が現在だったら、どうなっていただろう。
私は、報道写真が人気があった昔と違って、
現在では、あの手の写真は出版されないのではと思う。
まあ、持込でやって千部ぐらいだろう。
最盛期以前に、一般の人にはまったく知られていないと思う。
直木三十五の名は、文学関係者だけでなく、多くの人に知られているだろう。
しかし、直木さんが生まれるのが遅れ、
最盛期が現在だったら、どうなっていただろう。
私は、文学が人気があった昔と違って、
現在では、あの手の文章は出版されないのではと思う。
まあ、持込でやって千部ぐらいだろう。
最盛期以前に、一般の人にはまったく知られていないと思う。
土門さんの写真は、現在でも通じると信じるファンは多いと思う。
それは私も同じだ。
しかし、
土門さんが私と同世代なら、
写真を撮っていなかったのではないかとも、思う。
3月6日
昨日の予想どおり、腰痛。
風邪も酷い。
それ以前に、何もやる気がしない。
やることが多すぎて、こんがらがっている部分もあるし、
昨年の暮れから、から回りをしていて、
不安が苛立ちに変わっている。
何をやっても駄目。堂堂巡り。
夕張にいた時と同じ精神状態になっている。
マズイのはわかっているのだが。
3月5日
今日は645による「ハンドホール」のテスト制作をするつもりだった。
しかし、光がイマイチ。
で、断念した。
昨夜の財布はどうしようもないが、(ホンマに疲れたのよね。)
天気は、仕方ないわなあ。
今夜の天気も良くないみたいなので、「夜想曲2」の撮影も断念した。
「夜想曲2」に関して、実は少々不安がある。
石神井公園で「夜想曲」を撮った経験はある。
また、井の頭公園も、良く知っているつもりである。
「夜想曲2」を作ろうと、常に下見と想像をしていたもんね。
ただ、
「夜想曲」の代表的なカットほど、惹かれる場所がなかったのよね。
実際に、冬という状況になれば変わるだろうと思っていた部分もあるが。
まあ、明日の夜にでも行って見りゃわかるのだけど。
で、今日は焼いた。
今日は3月5日。
だが、暖かい。
エアコンをつけなくても、室温は20度だった。(二階のせいもあるけど。)
ということは、プリント中のエアコンだけでなく、
現像液や定着液の恒温機のスイッチを、入れなくても良いということなのだ。
これは物凄〜く、楽になり、本当〜に有難いことなのである。
私は昼飯のあと、昼寝をする。(20年以上続く習慣だし、体に良いと言うよ。)
この時に、作業開始時に20度になるよう、エアコンをかけて寝ていたのだが、
いつも昼寝から、目覚めると調子が悪かった。
夕張時代は寝床と暗室は別室だったし、湖岸で湿気が高かったのだ。
(まして、エアコンなんて、チョー贅沢品でしたぜ。ホント、今は安いよね。)
これからは、調子よく焼けるのではないだろうか。
で、5カット70枚ほどを焼いた。
しっかし、水洗作業中に、ギクッと来た。
明日は駄目かも、、、。
しかし、何枚も同じモノを焼くプリント中は、
色んな事を考えることが出来る時間でもある。
誰しもそうだろうが、悩み事や不安は一杯あるわな。
最も安定していそうな、公務員の職場でもある自治体の夕張が倒産した。
人口も、借金も、日本国のちょうど1万分の1。
つまり、国が倒産してもおかしくないわけだ。
国会議員と役人以外は、不安にならない方がおかしいよね。
多くの人には、家族がいるから大変だと思うよ。
一人身の風間でさえ、厳しいもん。
まあ、誰も責任を取らず、相変わらずダムを作っているから、
諦めるしかないとも思う。
(とはいえ、議論のための議論は、政治家や官僚以上に、
なんの役にも立たなく、時間の無駄なのでノークレームでお願いします。)
先日、ある若者に相談を受けた。
日本で写真作品を作っていっても、大丈夫でしょうかと。
私は返答に困ったよ。
(俺に聞くより、写真協会あたりに聞けよ〜。)
まあ、彼より私の方が、完成度も高いし、知名度もあるだろう。
しかし、雑誌社に送っても無しのつぶて。
まあ、持ち込み数は多いのだが、、、、。
当然、食えない。
で、いつものように、作品をやりたかったら、公務員を目指せ。
と、言うしかない。(モノクロなら、ボーナスで毎年本が作れる。)
もしくは、海外で評価を取れ。
ジャパネスクだけで、評価は得られやすい。
(多くの世界地図では、日本の位置は一番端っこの国なのだ。)
そして、海外で評価されると、日本でも評価される。
ただ、作品が評価されても、それと、仕事と金は別モノだ。
とはいえ、自分の勉強のためにもなるし、
先進国に行った方が良いとアドバイスした。
私はネットや英語を使えない。
しかし、若い人は使えるだろう。
海外向けのHPを作り、
海外の美術館等に直接売り込んでみてはどうだろう。
3月4日
昼間、20度近くにまであがった。
窓を開いて飲んだ。
私の体温も上がっていて、仕事どころではない。
また、頭の整理も多く、凄まじくイラツイテいる。
昔、Mさんに預けていた写真を見ていた。
22歳の頃ではないだろうか、渋谷の確か公園通り画廊で、
写真展をした時のバライタで、六つ切りの写真だ。
「俺のアクエリアス革命」という展名でやったものだが、
一週間に友人二人しか来なかったという写真展のことである。
ちなみに、アクエリアスとは知性的なという意味だったと思う。
写真はシーガルのG-2の紙袋に入っていた。
間違いなく、石神井公園のアパートにいた時に焼いたやつだ。
石神井公園と言っても、公園とは反対側の清掃工場の裏の安アパートだ。
(最初に写真家して、夜想曲を撮った所である。)
しかし、4畳半が2間あり、押入れが一間半もあり、風呂トイレ共同。
本当に使い安くて良かった。ちなみに25000円。
(確か、マンションにするために、追い出されたと思う。
ただ、管理人さんが良い人で、大家にゴネれなかったのだ。)
告白する。私は金がない時、近所の畑から野菜を盗んだ事がある。
当時はビルの窓拭きのアルバイトをしていたが、
なにしろ、写真代を作るため、昼の弁当は卵焼きと沢庵とふりかけだけだった。
バイト仲間が缶ジュースを飲んでいる時も、ビルのマズイ水を飲んでいた。
夜は毎日、蕎麦だった。250グラムの乾蕎麦は100円ぐらいだった。
茹でて、もりにして薬味も加えずに、食っていた。
(その前はパスタもとへ、スパゲティばかりだったが、茹でる時間が長かったので
辞めたのだ。本当にストイックで、懐かしい頃だ。)
2ヶ月窓拭きで金を溜めて、2ヶ月旅していた。
貧乏自慢はいくらでも出来る。当時は出汁入りの味噌はなかった。
私は具もない、味噌の汁とご飯と沢庵だけで、やっていたこともある。
だから、「風の記憶」の頃は自分で潜って、旨い物を獲りまくっていたのだ。
現在の飯場や別荘(ムショのことね。)や病院食が、どれだけ贅沢かわかっしょ。
六つ切りのプリントは変色せず、黒が美しかった。
一緒に入っていた、テスト焼きの2枚はセピア色になっていた。
しかし、これはこれで美しいと思った。
余白に鉛筆で注意書きが書いてある。
二十数年前の私がいた。
この変色した2枚だけを抜き、他の写真はMさんにあげたのだが、
彼は置いていった。
昔焼いた写真で夕張にあったものは、薄手の紙だったし、
状態が悪かったので、引越しの時にすべて燃やしてきた。
だから、この状態の良い六つは、ほとんど知られていない展だし、
風間最後のビンテージなんだよね。
(いずれ、何百万になるかも。)
当時の私は、アダムスや西海岸派の人達の写真が好きだったのだが、
これらの写真は、もろに影響が出ている(笑)。
三浦半島の荒崎という、奇岩も多い美しい海岸をマミヤの二眼レフで、
撮ったものだが、完成度は高いと思った。
Mさんと一緒に来た、先輩写真家のTさんも同じ事を言ってくれたので、
自惚れや感傷だけではないだろう。
この荒崎は独特の岩模様があり、そして、それは花鳥風月と違うと思った。
東京からも近いし、私も2、3度行ったと思う。確か三崎口からバスも出てた?。
風景をやる人は、一度行かれてはどうだろうか。良い勉強になると思うのだが。
ついでに、余計な一言。
写真も芸術です。ですから、オリジナリティと本質性が命です。
アマの人達やワークに通う人達は先生の真似をします。
しかし、竹内敏信は一人で良いのです。
フィルム代がモッタイナイです。風間のプリントを買って下さい。
MさんとTさんに、秋の「風間健介展」の構想を話した。
「風間健介展」と言うようなタイトルは、美術系の展示に多い。
風間というと、炭鉱遺産やドキュメントカメラマンというイメージがあるようで、
正直言って、戸惑う事が多い。
確かに、私は炭鉱遺産の活用等のPR運動もしていた。
しかし、それはあくまでも税金を無駄遣いをしないで、
その地にあるものを生かそうよという提案だった。
(だから、実際に炭鉱遺産を本格的に撮り始めたのは、
家が荒されて身近なものを撮らざるを得なくなってからなのだ。)
根本的に私は身近なものを作品化しているだけである。
(ドキュメントカメラマンがこんな日記を書いたり、カラオケであややを歌うかよ。)
夕張の公園の中の広い家を選んだのも、書や絵、立体を作りたかったからだ。
それに、作曲や料理の研究をしたかったのだ。(だから、ピアノも買った。)
実際にそれらのもので、公園で、「風間健介展」をした。
いろんな事をしているのよ。
(まあ、病院も追い出されたし、飯場も追い出されたしね。)
だから、「風間健介展」では、自分のすべてを見せたいと思っている。
炭鉱以外の写真や絵、書も見せたいと思っている。
そして、本当はBGMも作りたいのよね。
なにしろこの体だから、今のうちに見せておかないとね。
少し休んで夜、撮影に出た。
東京に来て初めての撮影かな?
プリントはイラツイテいる頭では無理だし、
気分転換の為でもある。
今日は暖かいと言っても、
チャリで風に当たるとまた風邪が酷くなると思い、JRで吉祥寺に行った。
「夜想曲2」夜の井の頭公園を撮るためだ。
多少、腰は痛いのだが、もうすぐ葉が出てくるもんね。
しかし、、、。
ない。
駅から公園に向かう途中、ポケットに財布がないのに気がついた。
ヒルズの中で落としたのか、電車の中でおとしたものなのか、、、。
汗まみれで、ヒルズに戻った。
トイレの中に財布はあった。
腰も痛いし、もう撮る気は消え失せていた。
ちなみに、間違えて150円の切符のボタンを押してしまった。
アホもいいとこである。
3月3日
昨日の夜、20年ぶりに会うMさんとスタッフの女性、
そして写真家のTさんがやってきた。
不思議な縁もあり、話は盛り上がった。
Tさんは去年の写真協会の授賞式にも参加しておられたそうで、
私のメチャクチャなスピーチも覚えておられた。
終電ギリギリまでいてくださった。
本当に楽しい時間だった。
しかし、薄いヒルズの壁では、、、、。
今日も37度5分と体調は悪い。
やることが多すぎるせいか、イライラして何も手につかない。
3月2日
昨日は早く寝る予定だった。
しかし、ヒルズで写真を見たいという人から、連絡があり予定変更。
10時まで、飲んで寝た。
ヒルズへようこそは、自分ではオモシロイ企画だと思ったのだが、
現時点、3組4人の参加しかない。それにみんな、公園で会った人達である。
初対面の人に会いたいね〜って、出会い系かよ。
(しかし、一度は出会い系を試してみたい部分もある。
夕張では多少顔が知られていたので、エロ本さえ買えなかったしね。)
しかし、凄い熱。
夜中には、38度8分までなった。
マジにサウナ状態だった。
おまけに、腹痛と下痢で30分おきに眼が醒めて、トイレ。
そのくせ、タオルを濡らして額に置くという初歩的な事も、
現実の当事者には思いつかないのである。
白衣の、もしくわ白衣の似合う嫁さん欲しい。
腰痛の時もそうだが、こういう時もロクな夢は見ない。
昨日の夢は炎天下の砂漠での戦争で、下士官役をしていた。
(疲れそうでしょう。)
脳はこういう時、南極を撮っている風間とかの映像を見せて欲しい。
それかせめて、汗に紛れながらも、若い女性に対して、
がむしゃらに攻めている映像を提供して欲しい。
(まあ、この腰ではなんだけどねえ。)
私の記録された最高体温は、
夕張市立病院所有の体温計による43度5分だろう。
焦げるぐらいに、凄まじく熱かった。
というのは、半分以上は嘘である。
入院経験者はわかると思うが、入院って凄まじくヒマなのである。
(年寄りと違って、若い人は特にそうでしょ。)
で、ツマラナければ、楽しくしたら良い。
アムロも昔、ラップで同じ事言ってた。
写真界がツマラナければ、グチではなく行動しろよの風間である。
入院すると、昼飯を食ったあと体温計を入れてくださいと放送があるのだが、
検温に来るまで、1時間くらいかかる時があるのよ。
だから?43度5分なのよねん。
私はヒマだったし、看護婦さん達にも楽しみが必要と思っていた。
(楽しみというか、刺激というか、緊張感がないと、、、消防士も放火するでしょ。)
昼飯を食った後、お茶が出る。
で、体温計を湯飲みに入れておいたのだ。
お茶の温度は、私の体温より高いわな。
ただ、あまり高すぎると面白くないので、調整には苦労した。
私は笑いを抑えながらも、アカデミー賞並みのグッタリした患者を演じていた。
結果は想像出来ると思う。
皆さんも入院した時は、、、、絶対に真似しないで欲しい。
私と仲良かった不良患者達も、同じ事をして怒られていた。
まあ、他にも入院生活を楽しくするためのアイデアは色々実行していた。
バイト先の社会保険に入っていた当時の私にとって、
入院は働かなくても7割の金がもらえ、3食の飯を作らなくても良いという
本当に有難いものであった。
おまけに、本物の看護婦がいたのだ。
私にとっては、天国のような所であった。
しかし、多くの患者は飯がマズイと文句を言っている。
料亭で食いまくっている人間がいうのならわかるが、閉山後の夕張なんだぜ。
でも、風間さんは入院患者も楽しまそうと一生懸命メニューを考えたのだ。
翌朝、私が追加した料理が書かれた献立表の前は人だかりだった。
イセエビのグラタン、松坂牛のステーキ、アワビのお造り、松茸土瓶蒸し、
それに、トリュフやフォアグラ、キャビアを使った料理。
美味しそうでしょ。
私だってすべて食った事はないし、実際に病院では食えない。
夜中にマジックで書き足しただけのメニューではねえ。
私の仲間の不良患者はナース達をからかっていた。
しかし、結構仲も良かった。
権威による揚げ足だけをとって、ナースを泣かすことしか出来なくて、
それによってしか、自尊心を満足させる事の出来ない、
若い馬鹿医者と喧嘩してたからだ。
しかし、私は外出日に飲みまくって、強制退院を喰らった男でもある。
汗をだいぶ掻いたせいか、起き出す頃には37度5分にまで下がっていた。
とはいえ、関節痛、腹痛と下痢が酷く、暗室どころではない。
たとえ、焼けたとしても、
1、2カットがせいぜいで、残り少ないゲッコールがモッタイナイ。
しかし、下痢と腹痛には困ったものだ。
自慢ではないが、私は賞味期限の切れたものを結構食べている。
しかし、それで腹痛になったことはないのだけど。
3月1日
私は文章が好きである。
学校時代の作文は大嫌いだったが、風景を求めて日本中転がっていた時に、
小説を読む習慣がついたのだ。
なにしろ、撮影に向く天気の時は少ないので、
ほとんど釣るか、潜るか、読書と酒だったのだ。
1回2ヶ月ぐらいの旅だったので、文庫本の量は多かった。
旅に出る前に神田に行ったのよ。そこには、4冊100円の店があったのよね。
で、旅に出る前に大きな紙袋二つ分ぐらいの本を買っていたのよねん。
なぜ、ここに文章の事を書いたか。
答えは簡単明瞭、今日は仕事をしていないからだ。
午前中は多少、事務仕事をした。
99円店のお湯掛けラーメンを食って昼寝したが、2、3時間寝てしまった。
しかし、一応は焼いた。
しっかし、37度6分なのだ。(私は36度を超えると体調が悪い。)
私のちっぽけな、ひねくれた根性では1カット12枚しか焼けなかった。
途中、コンビニに行って、チューハイを買ってきて飲んだが、
37度6分の前では、風間家の裏技も通じなかったのだ。
頭も痛いし、喉も腫れ、腰どころか膝関節も痛かったのだ。
腹も痛いし、下痢だしね。
で、12枚でギブアップ。(曙より弱い?のである。)
で、今日は4時頃から飲んでいる。
なぜか。
この二日間は飲んでいなかったので、眠れなかった。
昨日なぞ、寝むれたのは朝の5時である。
それでも、習慣で8時ごろには眼が醒める。(起き出せるのは10時くらいだが。)
調子が悪いやつが3、4時間しか寝ていなかったら、余計にキツイっしょ。
とにかく、今日は早く飲んで、たっぷり寝るつもりなのである。
(私は昔、睡眠時間4時間を2年続けた事がある。もちろん、最後は入院。)
昨夜は眠れなかったから色々考えた。
ルーニー展や秋の新作展、2冊目のこと、撮影のこと、出版社への持込のこと。
そして、生活費を稼ぐ方法の事。
繊細な風間のことである。ストレスも一杯なのよ。
持ち出しの展なら、お客が少なくても、腹を立てるだけで済む。
しかし企画となると、お客が少ないとギャラリーに悪いのよ。
だから、昨夜は色々アイデアを考えていたのよ。
(本当は展示スペースの中央に簡易池を作り、金魚を数百匹泳がせたかった。
しかし、ルーニーには他の人の作品もあるしね。)
HPのルーニー展の所を書き足しました。御覧下さい。
トップの方の色使いも替えた。
初めて作った名刺の配色に近いのよ。
久しぶりにカウンターを見たら、17万。
凄い数である。ちょっとした小都市の人口である。
作品は何も作っていないのに、、、、。(そのうち載せます。しばし、お待ちを。)
しっかし、17万もいたら、
一人ぐらい嫁さんになってくれても、良いのではないだろうか。